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熱海温泉の歴史を訪ね、日本初探しの散策の旅 [温泉マニア]

熱海温泉の歴史を訪ね、日本初探しの散策の旅

2007年12月31日から、熱海温泉ホテル湯治館そよ風に2泊滞在した。熱海駅から徒歩2分の熱海海岸を見下ろす絶好のロケーションで散策にも便がよい。

熱海温泉は1250年前(天平宝字755~765年頃)、海中からすざましい熱湯が噴出し、大量の魚が死んだため「あつうみが崎」と呼ばれた。熱海の温泉街には「熱海七湯」と呼ばれる源泉湧出地があり、訪ねることにした。

熱海といえば、お宮の松と寛一とお宮の像か

まずは初日に代表的な「大湯」へ向かう。駅から熱海海岸方面へ歩き、南明ホテルから次の信号の次の角を右折する。日本産業たばこ前に「小沢の湯」(平左衛門の湯)がある。

地名小沢(こさわ)からの名で、組まれた岩間にゆで卵用の金網が置かれている。向かいの天神酒店で玉子を購入してゆでることができる。その先をすぐに右折すると「湯前神社」

手前に「大湯」が見える。

大岩の内側から噴出す間欠泉で、丁度強く吹き出していた。昔は昼夜6回の噴出があったが次第に弱くなり、昭和37年に人工的に噴出する間欠泉として整備された。翌朝立ち寄ってみた時には湯は止まっていた。ここは東京との間で明治22年に開通したわが国初の市外電話発祥の地である。

熱海温泉は保養のために政治家が煩雑に訪れ、東京との連絡手段が必要だった。明治初年から閣僚会議が何度も熱海で開かれたが、当時小田原から熱海間はまだ山駕籠に乗らなければならなかった。県道が開通したのが明治14年、人力車に変わり人車鉄道が開通したのは明治28年だった。また明治18年、日本初の温泉医療療養センター「吸気館」がこの地に建設された地でもある。明治16年に右大臣岩倉具視が病気のため熱海で療養した。その時の岩倉の発案で、衛生局技官後藤新平、衛星局長長与専斎、宮内庁御用掛肥田濱五郎らにより造られた。明治24年に熱海温泉業者に払い下げられ、温泉組合で経営されたが、昭和9年に消失した。館内には温泉取締所、大湯運動場があり、ドイツ製の気圧吸入器が設置され、吸入療法や浴法の指導が行われた。湯前神社を参拝して左手が日帰り入浴施設「日航亭大湯」に立ち寄る。

旅館風の建物で、男女別大浴場と露天風呂・サウナがある。休憩所もあり、入浴後座布団を敷いて横になって寝ている人もいる。そのためかテレビの音量は弱めにされ、お茶やお水はセルフサービス。箱にはみかんが3個入っており、「自由にお取りください」の張り紙。大浴場の浴槽はタイル張りで、3m×7mの長方形。中央壁側に30cm×2mの湯受けがあり、そこに注がれる94.7度の高温源泉ナトリウム-カルシウム塩化物温泉が注がれる。そこからぽとぽとと浴槽に垂れて、自然に湯を冷ます仕組みだ。正真正銘の源泉かけ流しの湯で循環無し、塩素殺菌無し。同室にあるサウナはどんなかな?とドアを開けると、大きな顔が目の前に!二人がけの狭いサウナ室に座った男性だった。通路で繋がる露天風呂は狭い。天井はすだれで覆われていて開放感はない。だが、女性用の露天風呂は開放的で広いという。男女別のお風呂は日替わりで交代になる。源泉かけ流しの湯につい長湯となり、休憩所では寝込んでしまった。

 帰りに駅から海岸へ行く大通りに戻り、熱海で創業文化3年(1806年)最古の歴史を誇るという「古屋旅館」へ向かう。

この宿の源泉は「清左衛門の湯」で、昔農民で清左衛門という者が馬を走らせこの湯壷に落ちて、焼け死んでしまった。明治までは常に湯が豊富に湧き、人が大きな声で呼べば大いに湧き、小さく呼べば小さく湧いたという。古屋旅館は入浴のみは受けていない。正月を除いて、昼食プランは受け付けている。古屋旅館はこの源泉を利用し、加水、加温、循環、塩素殺菌も行わない「源泉かけ流し」だ。古屋旅館のギャラリーには「日本一古いラジオ」が展示している。大正13年に輸入された5台のラジオのうちの唯一現存するものである。他の4台の持ち主は、天皇家、逓信大臣犬養毅、三井物産本社、三井本家。現在でも実際に受信できるという。宿泊者以外は見ることもできない。明治14年、伊藤博文、井上馨、大隈重信、山県有朋、黒田清隆、五代友厚が集まり、北海道開拓に関する会談(熱海古屋会談)が古屋旅館で開催されたという記録がある。

翌日、熱海海岸にでて、国道135号線を左折、お宮の松

を見てからUターンし、コンビニのすぐ先にある小屋付の「河原湯」に立ち寄る。

昔は瓦の湯といった。湯は手がつけられるほどの湯だった。銀座通りのスルガ銀行横に「佐治郎の湯」がある。佐治郎という邸内にあったから。

やけどや眼病によく効くことから「目の湯」とも言われる。さらに福島旅館横に「風呂の湯・水の湯」

やけどのよく効き、饅頭蒸かしに利用したというが、今は水のようだ。最後はJR熱海駅から来宮神社に向かう途中にある、「野中の湯」

野中山のふもとの湯で泥の中にぶくぶく噴いて、杖で突くと噴出したという。来宮神社には国指定天然記念物で周囲20m、樹齢2,000年の大楠がある。

神社のご本尊は、和銅3年(710年)奈良時代の漁夫の網にかかった木像を祀ったもの。

3日間で7ヶ所をめぐり、半数は2~3度訪ねることになったが、熱海最古の温泉饅頭屋さんだという「延命堂」の店先で「ぐるっと立ち寄り温泉マップ」を手に入れた。

家康来熱400年委員会製作で裏面に「史跡・七湯めぐりスタンプラリー」スタンプ帳があった。

初日に手に入れば、よかったのにと悔やまれる。この「延命堂」は大正の初期に、初代岩下義雄氏が高温自噴の温泉を見て、この蒸気でまんじゅうを蒸すことを思い立った。「温泉延命まんじゅう」と名づけ、湯治客に好評を博したという。店内を物色するに、大変な写真を見つけた。

大正2年の写真で「噏汽館及びその中庭」傾斜地の大湯らしき所に瓦屋根の建物が写っている。今井コレクションの作品というので、他にもありそうだと店の方に聞くと「隣が今井写真館で、そちらからいただいたんです」早速今井写真館に行ってみたがご主人が留守でわからなかった。
実は早朝の散歩のときに、銀座町11-6の「釜鶴」の前に「吸気館」の伊豆石の門柱が展示されているのを発見した。店主が作ったと思われる説明板もある。

昭和9年に消失して、史跡は何もないと聞いていたのだが・・・。帰宅してから、熱海市観光協会に「この門柱の住所を教えてほしい」と電話をしたが、門柱の存在を知らなかった。その後現場へ行ったりしていただいて、ようやく住所を教えていただいた。古屋旅館の敷地内と日航亭大湯の前にも「吸気館」の門柱があるというが気づかなかった。

3日目のお昼ころ、熱海の三大別荘(非公開の岩崎邸・現存しない住友邸)とも呼ばれた「起雲閣」見学に出かけた。



政財界で活躍した海運王と呼ばれた内田信也により、大正8年(1919年)に建てられた。日本家屋の母屋と離れ(孔雀)は大正後期、洋館と広大な庭園は鉄道王根津嘉一郎の手によって1929年(昭和7年)に造られた。敷地は三千坪という。戦後1949年(昭和22年)に旅館として生まれ変わる。太宰治、山本有三、谷崎潤一郎、船橋聖一ら文人墨客に愛された。2000年(平成12年)に熱海市の所有になった。文人たちの書画や展示室では「華の舞 熱海芸妓展」が開催されていた。お大変見ごたえのある別荘だった。

 熱海っ子探偵団がお薦めの食事処で創業70年の老舗山木旅館直営の味と紹介されていた「山木茶屋のあじなどんぶり」をいただいた。

アジの干物をご飯にまぶし、その上にアジのタタキを加えたメニューで新鮮さとアジの味がたまらない。1200円とは驚きの値段。広間の一角に「有三」の画が・・・。「本物ですか?」お姉さんに聞くと「お母さんがとても大切にしていました」というから本物だろう。

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添乗奇談快談16. 病院の職場旅行の宴会で看護婦さんが肌もあらわな痴話げんか! [添乗奇談快談]

添乗奇談快談 16. 病院の職場旅行の宴会で看護婦さんが肌もあらわな痴話げんか!

かなり前の話だが、長野県松本市の近郊にある浅間温泉によく添乗で行った。浅間温泉は標高670mの高原にある歴史ある温泉地で、日本最古の松本城、明治9年に建てられた日本最古の旧開智学校、地美ヶ原高原、美鈴湖や北アルプスが眺望できる温泉地として人気があった。日本アルプスの父として知られる英国人宣教師ウォルターウエストンは、明治21年から大正4年にかけて北アルプスを登り世界に北アルプスを紹介した。彼から名をとったウエストンホテルは、高台の眺望のよいホテルで料理と従業員のサービスに定評があった。

あるとき訪ねると、なじみのフロントマンS氏が、「いや~昨日、宴会ですごかったですよ。病院の職場旅行でほとんどが看護婦さんの宴会でしたが、途中で痴話げんかですよ。看護婦さん二人が取っ組み合いで、浴衣がはだけて肌もあらわなすごい醜態でした。『よくも私の先生を盗んだわね!』とみんなが見ている中、叫んでいました。女の男をめぐる奪い合いはすごいですね!」と顔を高潮させて言う。 宴会場でかんか.jpg 私も病院の職場旅行は経験しているが、そんな場面はまだ見たことがなかった。そういえば私の場合はほとんど市立か公営の病院だった。民間の病院がすごいということだろうか。

宴会が盛り上がったころ、突然「ガラガラ ガチャン!」とお膳がひっくり返る音が響く!男性が多い職場の職員旅行での一場面である。「俺は前からお前が気に食わなかったんだ!・・・。」と怒りをまくし立てる。この職場の係長が酔いに任せて、上司である課長に食って掛かっているのだ。添乗員の私は、すぐに係長に親しい人を探し、とにかくなだめてもらう作戦を取り、とりあえず二人を引き離す。昔はこうした場面が珍しくなかった。

ウエストンホテルは昭和39年に開業して以来、浅間温泉の代表的なホテルとして評価されてきたが、平成18年11月15日に営業を休止した。庶民的な雰囲気で、料金の割には、とても料理がよく、好んで利用してきただけにとても残念である。

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