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旧街道歩き閑話 7. 旧街道と老舗造り酒屋のはなし [旧街道を歩く]

旧街道歩き閑話 7. 旧街道と老舗造り酒屋のはなし
老舗造り酒屋のはなし.jpg
金森 達 画

 甲州街道歩きの最終回、上諏訪を歩いたときに500mの距離の街道沿いに5軒の老舗造り酒屋が軒を連ねていた。宮坂醸造㈱は寛文2年(1662年)の創業、酒ぬのや本金酒造㈱は宝暦6年(1756年)創業と老舗が目立つ。江戸時代以来の歴史を持つ老舗造り酒屋が多く残っているのは、他の街道も同様である。老舗企業の業種第一位は清酒製造、2位が酒小売、3位が呉服・服地小売、4位が旅館・ホテル、5位が婦人・子供服小売、生菓子製造は12位である。
米を主体として作られたお酒造りは、縄文時代以来水稲農耕が定着した以降という。奈良時代、律令制度が確立し朝廷のための酒の醸造体制が整えられ、技術革新が進んだ。お酒は祭事に欠かせないものとして、もっぱら宗教的儀礼的な要素で庶民の口に入るのは鎌倉・室町時代まで待たねばならなかった。朝廷の酒造組織にかかわった寺院、神社がお酒を造るようになり、鎌倉・室町時代には米と同様、経済価値を持った商品として流通し、醸造技術が発展して、大量生産が可能になった。
江戸時代に入り1年間に5回も仕込まれ、酒造りの技術がさらに発展、保存性を高めるための火入れ法(低温殺菌法)などが開発された。元禄11年(1698年)には2万7,000件の酒造場があったと記録されている。街道筋の造り酒屋は、総じてその土地の産業を中心に担っていた資産家、事業家によって代々受け継がれてきた。明治14年の酒造業は、2万6,826件で88万キロリットルの生産量。昭和16年の酒造業数は6,986件で37.4万キロリットル、平成16年は2,076件で63.3万キロリットル。日本酒造組合中央会の資料で平成24年(2012年)は、1681件。明治以前の老舗を数えると655件もあって驚いた。

老舗最古の酒造場は、1141年創業の茨城県笠間市の須藤本家(郷の誉)、続いて長享元年(1487年)創業の秋田県にかほ市の飛良泉本舗(飛良泉)、永正2年(1505年)創業の神戸市東灘区の剣菱酒造(剣菱)、天文元年(1532年)創業の滋賀県木之本の山路酒造(北國街道)、天文17年(1548年)創業の新潟県長岡市の吉乃川(吉乃川)、天文19年(1550年)創業の兵庫県伊丹市小西酒造(白雪)、寛永14年(1637年)創業の京都伏見区の月桂冠(月桂冠)など1600年頃から1700年代にかけての創業が一挙に増えている。江戸時代に入り、お酒が庶民の口に入るようになり需要に応じて酒造業が全国的に増えたことを示している。
2008年11月27日、私の「奥の細道歩き」で新潟県内野町の有形文化財指定建築「鶴の友 樋木酒造」に立ち寄り、五代目樋木尚一郎氏に話を伺ったことがある。天保3年(1832年)創業で、地元の酒屋・飲食店・消費者との共存なくしての発展はありえない、と県内のみの販売に徹している。上記の諏訪の真澄のご先祖は戦国時代、諏訪氏の家臣でその後刀を捨てて酒屋となった。創業以来350年の間には、廃業を思案したこともあったが、内職をしたり茶葉を商ったりして、存続を貫いたという。(「真澄蔵元 宮坂酒造 350周年にあたって」から)いずれの老舗酒造業者も幾多の困難を乗り越えての存続だった。

前述の上諏訪街道の造り酒屋が、10月6日(土)に「秋の呑みあるき」イベントを開催している。10月1日が「お酒の日」にちなんでのイベントだと思うが、舞姫酒造㈱、麗人酒造㈱、酒ぬのや本金酒造㈱、伊東酒造㈱、宮坂酒造㈱でパスポート(お猪口付2,000円)を購入して飲み歩くことができる。

エッセイ「温泉夜話」 http://www.a-spa.co.jp/yawa/index.htm

温泉巡浴紀行http://www.a-spa.co.jp/junyoku/index.html

旧街道をあるく旅 http://aaspa.web.fc2.com/index-tabi.html


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