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第12回・最終回 甲州街道を歩く 蔦木宿~茅野~下諏訪宿 2012.8.26~27 [旧街道を歩く]

第12回・最終回 甲州街道を歩く 蔦木宿~茅野~下諏訪宿 2012.8.26~27
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神射山神戸一里塚

前回、雨のため中途であきらめた場所「蔦木宿」の西、釜無し川沿い国道20号線まで戻らなければならない。JR中央本線信濃境駅は、日曜日はタクシーが休み。次の駅富士見駅からのタクシーは、3,500~4,000円かかることを考慮して、信濃境駅から歩くことにした。JR穴山駅あたりで八ヶ岳の写真を撮ろうとしてデジカメを使い、電源が抜かれたままなのに気づき、大ショック!重い荷を持つのはイヤだと昨日宿泊ホテルに送った荷の中に充電器があった。そこに入れたままだったのか?それともコンセントに充電器を差し込んだままだったのか?
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JR信濃境駅

 JR信濃境駅で降り、昨日富士見町役場の人に執拗に国道20号線に戻る近道を教えていただいた通り歩いてみた。山道は草ぼうぼうの所もあったが、何とか35分で前回の到着地点に8時45分に着いた。しばらく国道20号線沿いに歩く。歩道に山の斜面から転がってきたのか、まだ青く小さい未熟な柿が沢山落ちている。我が家の柿も近所の柿も皆同じようだ。拙句「未熟柿ちまたに落つる暑さかな」
9時42分、富士見峠の入り口に着く。昔、中央自動車道が開通するまでは、観光バスで諏訪や松本方面への往復に延々と一般道を走り、つづら折りの富士見峠越えが印象深かった。すぐ右手に「尾片瀬合戦跡」碑がある。戦国時代天文11年(1542年)武田信玄と信濃の小笠原・諏訪・村上・木曽の4大将が合戦をして信玄公の勝利に終わった。少し戻って南側の旧道を行く。
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「尾片瀬合戦跡」碑

10時17分、振り返ると富士山が雲の上にくっきりと見える。5分歩く先に「重修一里塚」と道祖神が。標高は950mで日差しは暑いが後ろから強い風が吹いてくるのでさわやかだ。左手に富士見パノラマスキー場が見えてくる。一部轍(わだち)が残る砂利道を歩く。このあたりの里山は高山植物がいっぱいで今が盛りだ。そば畑の白い花も美しい。
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富士見峠あたりから振り返る・・・遠くに小さく富士山が見える

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一里塚

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蕎麦畑

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蕎麦の花

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里山は高山植物の宝庫?

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宿場間の距離が遠いので、移住させて作った集落に先駆けになった「原の茶屋」

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旧街道の面影が感じられる・・・

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11時00分、左手に一本松と筆塚、庚申塚、右手に火の見櫓、すぐに国道20号線に合流。左手奥に文政六年(1823年本)堂建立の瑞雲寺があり参拝する。説明文は玄関にというので伺うと住職の母上が応対。甲州街道を歩いて食事場所を探しているというと今来た道を戻ってすぐに食事処「かぶと」があるから車で送るという。この暑さで心配だからと・・・。ありがたいことだ、感謝感謝。「かぶと」でハンバーグ定食を賞味。評判のよいレストランらしく客が続く。
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一本松と筆塚

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瑞雲寺住職の母上にはお世話になった

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レストラン「かぶと」で昼食

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御射山神戸八幡神社の祭礼(8月26、27日)

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祭礼には各戸の玄関前に提灯が飾られる

 40分後12時に出発。瑞雲寺の前に御射山神戸八幡神社の祭礼(8月26、27日)で各家の前には提灯が飾られている。御射山神戸は、慶長16年(1611年)、甲州街道が通じた時、旅人や物資を駅伝するのに便利なように付近の家を集めて作った集落だという。右手に行くとJRすずらんの里駅。神御射山神戸一里塚はここから15分のところ。標高917m、西側は高さ25m、根周り6.9mの樹齢380年の檜、東側は榎。背中に強い風を受けながらの下り。拙句「下るほど頭を垂れる稲穂かな」
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神御射山神戸一里塚

 13時13分国道に合流、じきに金鶏山泉長寺入り口に仏像と「金沢宿本陣跡」碑あり。約4反歩あり、高島藩や松本藩の米倉があった。地元の男性に「近くに『金鶏の湯』があるよ」といわれていたので、入浴することにした。源泉28.6度のアルカリ性単純泉で肌につるつる感がとても強い。入浴料は400円。25分でそこを出る。金沢橋の手前右袂に水神明王と古仏群がある。坂室トンネル手前を右の諏訪方面へ。下り坂になり前方に諏訪市内が望める。ここで日本橋より180キロメートルの表示。
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金鶏山泉長寺入り口に仏像と「金沢宿本陣跡」碑

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金鶏の湯

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金鶏の湯の浴室(パンフレットから)

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金沢宿本陣跡碑

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水神明王と古仏群

 坂室町内に入るとお祭りなのか有線放送で「おしん音頭」などの音頭が流れる。家いえの前には提灯が飾られる。県道197号線へ入り三輪神社・おかめ神社に立ち寄り、上川橋をわたって茅野中心地へ。15時40分にJR茅野駅着、自宅から35,000歩。気温が33度という熱暑の中、帽子の下に水で濡らしたタオルをかぶっての熱中症予防も限界か?茅野から下諏訪までは明日歩くことにして、JR諏訪駅から下諏訪へ移動する。

 本日の宿、旅籠桔梗屋は、創業が元禄三年の旅籠屋で旧中山道と甲州街道の交差するまさにその中心点にある。十返舎一九や安藤広重の「木曾名所図絵・下諏訪」にも描かれた。かつて旧中山道を歩いたときに宿泊した脇本陣だった「聴泉閣かめや」は、はす向かいになる。
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下諏訪温泉入り口

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旅籠桔梗屋

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安藤広重の「木曾名所図絵・下諏訪」

 玄関に入ると正面に生け花を配した素朴な湯治宿の雰囲気だ。廊下や階段はぴかぴかに磨かれていてスリッパで歩くと何度も滑りそうになる。女将さんは上品な佇まいでしとやかな雰囲気。部屋は2階の和室6畳トイレなしの「紅梅」の間。1階の浴室は、源泉掛け流し、熱めで日焼けした足に湯がかかると激痛が走る。湯船の窓側に赤木島彦らの和歌を書き記した板が4~5枚入っている。浴室の蛇口に湯がないので湯船の熱い湯を柄杓で汲んで使用する。 夕食膳は二階の部屋でいただいた。梅酒の食前酒、先付けはずんだ餅・フナの甘露煮・みそ田楽・生ハム巻き・ゴーヤの薫製・赤いほおずきの皮に包まれた卵の黄身の練り物、ボリューム満点の馬刺、ワカサギの唐揚げ、冬瓜とエビのとろみ、ゴマ豆腐、ブリの塩焼きと蕗煮、蕎麦がきとゴーヤ・ネギの添え物、ヱリンギ・黄ピーマン・焼き餅、ズワイガニと茗荷・キュウリ酢、蓮根で作った蓮餅、香の物に湯葉の吸い物、トマトのデザート。地の名産である馬刺、わかさぎは定番だが、手をかけたお料理でうれしい。お酒は地酒で御湖鶴(みこずる)の冷酒をいただいた。
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桔梗屋2階の和室

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浴室

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2階の部屋から見た新鶴本店と諏訪大社下社秋宮

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夕食膳

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「遊泉ハウス児湯」入り口

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浴室(パンフレットから)

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朝食

 早朝5時30分、下諏訪3名湯の一つといわれる児湯「遊泉ハウス児湯」入浴へ。220円を自動販売機で支払う。「今日は44度だよ」との声にぬるめの露天風呂へ行くが、足の日焼けで痛くてとても入浴ができない。肌にぱちゃぱちゃと湯をかける程度であがった。本陣跡(岩波家)、諏訪退社下社へ向けて散策。ススキの穂が神楽殿の周りに飾られている。本殿では神官が厳かに朝のお勤めの祈祷を行っている。荘厳なしずかな朝の雰囲気を味わう。10年ほど前、中山道歩きで下諏訪に宿泊したときに早朝、温泉の源泉所にお湯を汲みに天秤棒でくる女性をみて「温泉がある日常なのだ」と感動したことがある。今回は見ることができなかった。

 翌日、荷を又半分預けて、昨日のJR茅野駅まで列車で戻る。JR茅野駅に着いたのが9時40分。東口から西へ「塚原」信号、ショッピングセンター「オギノ」を左折し、一路頼岳寺を目ざし10時14分到着。江戸初期の開山で高島城主諏訪氏の菩提寺。境内の奥には霊廟がある。 15分後、五十一里目の一里塚。
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高島城主諏訪氏の菩提寺・頼岳寺入り口

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本殿

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五十一里目の一里塚

 10時42分、「霧が峰入り口」、さらに足長神社を通過。旧道細久保バス停で国道20号線に合流。諏訪市内に入り、500mの道筋に造り酒屋が5軒も続く。まず真澄は1662年創業、350年の歴史を誇る。最古のものは母屋に残された欄間と神棚という。酒ぬのや本金酒造㈱は宝暦6年(1756年)創業、麗人酒造㈱は寛政元年(1789年)創業などオーナーが途中で変わったところもあるがいずれも老舗で頑張っている。11時48分、諏訪1丁目の信号を右折してすぐ左折し旧道を西へ。
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足長神社

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旧道細久保バス停

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旧街道沿いの老舗酒造場・真澄

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老舗酒造場・真澄の神棚

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老舗酒造場・真澄の内部

 先宮神社、津島牛頭天王の巨木・道祖神、寿量院あたりから左手に諏訪湖面が見える。12時33分に石投場、7分後には五十三里目の一里。さらに信玄公ゆかりの承知川橋、磨り減った橋板が残されていた。終点までまだかと思っていらすぐに諏訪大社下社秋宮が見えてきた。12時52分ついに到着。そうそうに大社を遠くから参拝、壇下の下諏訪名物「新鶴 塩羊羹」を購入に走る。旅籠桔梗屋に荷を受け取りに立ち寄る。

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石投場

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諏訪湖畔の眺望

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五十三里目の一里塚

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諏訪大社下社秋宮

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下諏訪・菅野温泉

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浴室(パンフレットから)

 桔梗屋では「まあまあご苦労様」と冷たいお茶で迎えていただいた。ありがたい。お風呂でも入ってお帰りといわれたが、近くにある共同浴場「菅野温泉」に入浴するので遠慮させていただいた。大社通りに面した建物の奥にある。源泉が28.8度のナトリウム・カルシウム・硫酸塩・塩化物泉。楕円形のタイル張りの湯船で5~6人の客が入浴中。日焼けがひどくてとても熱くて足を入れられない。湯船の脇に座ってぴちゃぴちゃ肌に湯を掛けることで済ませる。循環式、塩素殺菌らしいが塩素臭は感じられなかった。入浴料は220円。

 甲州街道を日本橋から歩き始めて、1年3ヶ月かかり終点の下諏訪に到着した。これで13年前からの旧道歩きは、東海道五十三次、中山道六十九次、日光街道と奥の細道、甲州街道、青梅街道(奥多摩湖まで)を踏破した。約3,800kmになるだろうか?一月に一回の歩きと決めて、そのために一週間に5万歩を歩くことを心がけて続けてきた結果である。特に2年8ヶ月前に前立腺肥大症、膀胱頚部硬化症の手術とその後遺症で治療を続けながらの旧道歩きであった。旧街道歩きを見逃してくれた家内には感謝である。

ペットと泊まる温泉宿 http://www.a-spa.co.jp/pet/
エッセイ「温泉夜話」 http://www.a-spa.co.jp/yawa/index.htm

温泉巡浴紀行http://www.a-spa.co.jp/junyoku/index.html

旧街道をあるく旅 http://aaspa.web.fc2.com/index-tabi.html
温泉グッズ 譲ります、譲ってください。http://www.a-spa.co.jp/mania/index.html


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コメント 5

hnhk

ご訪問とniceありがとうございました。
甲州街道ってよいところですね♪
一度訪れてみたいです。
by hnhk (2012-09-11 18:49) 

タッチおじさん

諏訪は懐かしいところです!

by タッチおじさん (2012-09-12 07:51) 

麻能

ご訪問&nice!ありがとうございました。

8/26-27は私も偶然プチ旅行に行っていました。
でもこんな自然いっぱいの所じゃなく、真逆の大都心でしたけど^^;
by 麻能 (2012-09-13 20:08) 

野澤 久信

 初めてコメントします。私は夫婦で旧街道を歩いています。今まで、東海道・中山道・山陽道・北陸道・北国街道・長崎街道を歩き、今薩摩街道を歩いています。次に日光道中・奥州街道を歩く予定です。来年中には竜飛岬まで歩く予定です。その後に五街道のひとつ、甲州街道をと思っています。
 これから貴方のブログを是非参考にさせてもらいます。
 お尋ねしたいのは、歩くための地図はいかがされていますか?私は今まで先達の方にお力を借りて歩いてきました。
 突然の失礼なお願いかと思いますが、教えてもらえれば幸いです。
 宜しくお願いします。
 
by 野澤 久信 (2013-02-18 10:11) 

hide-m

野澤 久信様 旧街道歩きの年季がすごいですね。甲州街道は、けやき出版の「多摩の街道上」と今井金吾著「今昔 三道中独案内」と先達の記録でした。今井著は昭和53年刊で詳しいのですが、情報が古いところもあるのでいくつかの資料を参考にして歩きました。通り過ぎてから旧道の出口に気がつくことも多かったです。旧道歩きようの地図が求められますね。
by hide-m (2013-02-25 18:59) 

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