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温泉夜話 奈良時代、大仏建立による金属中毒症対策か?光明皇后が療養施設を建設。 [温泉マニア]

温泉夜話 奈良時代、大仏建立による金属中毒症対策か?光明皇后が療養施設を建設。

2008年7月15日、TBSラジオ番組で永六輔氏が「奈良時代に、大仏建設ブームで大仏の鋳造や金箔張りに銅や銀を扱ったことから、関係地域や人々に公害や奇病が発生したので、遷都が行われたのでは・・・」という発言を聞き、ふと野沢温泉の常盤屋旅館の大浴場のいわれを思い出した。創業300年・光明皇后の「千人風呂」のことである。
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野沢温泉 常盤屋旅館「千人風呂」

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野沢温泉のシンボル 大湯

光明皇后は、奈良時代の聖武天皇のお后で、天然痘が猛威を振るって多くの死者が出たとき、夢のお告げで自分の屋敷に浴室を建て、貴賎を問わず千人(多くの人)をお風呂に入れることを誓った。丁度千人目に現れたのは、肉がただれ、膿が出ている病人だった。それでも皇后は快く入浴をさせていた。実はこの病人は姿を変えて皇后の心を試していた仏様だった。奉仕した三人の典侍(ないしのすけ=付き人)は、世に伝えて三典(さんすけ)と称し、世俗に残る「三助」の由来となった。・・・という話だ。(常盤屋のパンフレットから引用)

仏像に鍍金(メッキ)するのに、液体の金属である「水銀」に金箔を入れて、アマルガムを像の表面に塗りつけてから火であぶって水銀を蒸発させて金を定着させた。水銀を蒸発させるときに、有毒ガスの発生が起こり、水銀による呼吸困難や皮膚障害がおこったはずである。730年代の奈良の東大寺建立や鎌倉の大仏建立時には、水銀中毒が多発したことを疑わせる記録が残されているという。

光明皇后は、権力にごく近い立場にいたので、疫病対策で天平二年(730年)療養施設「施薬院」を建設し、患者の療養に力を砕いたといわれる。奈良時代、有馬温泉
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有馬温泉の代表的な「天神泉源」

や榊原温泉、湯ノ峰温泉が有名ですでによく知られていた。権力者の光明皇后も当然、それらの温泉の高い効能の評判を聞いていたと思われる。特に榊原温泉は、「枕草子」にも「七栗の湯」としてその名が知られ「慢性金属中毒症」に効くと伝えられている。しかも榊原温泉は、伊勢神宮参拝客の湯垢離場としての湯治場は大いに栄え、神宮とかかわりが深かった。湯ノ峰温泉も皮膚病、金属中毒症などの効能が認められている。有馬温泉も皮膚病や肝臓病に効能がいわれている。疫病だけではなく金属中毒症の難病対策に温泉地へ医者や患者を派遣していても不自然ではないと私は思うのだが・・・。

野沢温泉 常盤屋旅館 http://www.a-spa.co.jp/spa/tokiwaya/index.htm
旅と温泉の相談室アスパサービスhttp://www.a-spa.co.jp/

エッセイ「温泉夜話」 http://www.a-spa.co.jp/yawa/index.htm

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旧街道をあるく旅http://www.a-spa.co.jp/tabi/nikko/

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hide-m

いっぷくさん ご訪問とnice! をありがとうございます。

by hide-m (2008-07-27 12:11) 

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