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徳島県勝浦町滞在・第1報!山深く「田舎トライアルハウス坂本家」に到着! 3.21 [旧街道を歩く]

徳島県勝浦町滞在・第1報!山深く「田舎トライアルハウス坂本家」に到着! 3.21
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勝浦町・昭和63年から始まったビッグひな人形展
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徳島県勝浦町の「田舎トライアルハウス坂本家」

 3月20日、4時35分の青梅駅始発に乗り込み、岡山駅経由で、距離にして920㎞、乗り継ぎは何と13回だった。ネットで検索して導き出した最短時間のため、この乗り換えが良いということなのだろう。乗り継ぎ時間は、1分から長いのは大垣で26分。昼食を食べる時間がなく、大垣駅で改札を出て、パン工房でサンドイッチを車内に持ち込んで食べた。
車内の過ごし方は、持ち込んだ俳句関係の書籍3冊。正木ゆうこ著「十七音の履歴書」「、岸本葉子著「吟行修行の巻」、「NHK俳句テキスト4月号」。車内ではもっぱら人物観察や車窓の景色を楽しみ、一句ひねるという優雅な時間だった。

 4時40分「春分や始発で旅立つ大荷物」、7時30分「膝小僧飛び出しデニム春電車」、7時40分「春分や海見へる駅まで来たり」、8時15分「春分やどこかで駅弁買いたいわ」、8時25分「春光や時々海の見し鉄路」、8時40分「春電車スマホ操るお坊さん」、9時40分「春電車あやす児の乳匂ひして」、10時40分「春電車仰向け寝る娘は黒マスク」、12時13分金山にて「教官と揃へ指差し春電車」、14時10分「春彼岸西へ西へと青春きっぷ」、14時30分「新緑の西へ西へと煌(きら)めけり」、16時47分「山笑ふ一山墓所も在りにけり」、17時10分「耕運機後追いかける児がふらり」、17時10分「春彼岸鈍行でゆく遍路の地」これらは帰宅後、添削を重ねてより正確な言葉を選んで精査することになる。

 22時30分にJR阿波富田駅を下車し、小雨の中「徳島の町の小さな宿ゲストハウス」に到着。たまたま職員が外出中で電話での応対。すべてセルフサービスでチェックイン。二階のアメリカ人男性との二段ベットの相部屋。シャワーを浴びて、早々に就寝するが、階下の彼と若い三人娘の騒々しいテレビゲームの音で寝付かれなかった。翌日は6時30分起床でコーヒーと菓子パンで朝食。
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「徳島の町の小さな宿ゲストハウス」

 昨日から、スマホの万歩計が停止して不都合なので、徳島市内のドコモ店で見てもらうことにした。その後、駅前のそごう百貨店5・6階フロアにある徳島市立図書館へ立ち寄る。東京新聞もあったが、16日~21日分がないので尋ねると、郵送で2~3日送れるのだという。徳島駅を路線バスでいよいよ勝浦町へ移動する。60分かかり、勝浦町役場で担当の大友和紀さんに迎えていただき、「田舎トライアルハウス坂本家」まで送っていただいた。
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勝浦町役場
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二週間住むことになる「田舎トライアルハウス坂本家」
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このあたりに居つく野良猫

 勝浦町では、移住の勧めの目玉として、「子育て」には、高校生まで医療費無料、出産お祝い金、5歳児保育料無料、第3子保育料無料。「住まい」には、空き家探し、空き家改修等補助金、新築・建て替え・購入補助金、お試し定住施設「坂本家」の格安利用。「起業」には、補助金制度がある。

 築50年の大きな商家で、土間だった4.5畳に絨毯を敷いた応接間は、障子戸や硝子戸の桟の細工は粋だ。10畳共用居間、4.5畳二間、トイレ、風呂、洗濯機、二つあるキッチンA・Bなど一軒家でもとても広い。隣接して管理する事務所もある大きな倉庫もある。母屋二階、倉庫二階も一時期化していたようだ。自転車は2台あり、自由に使ってよいと言う。冷蔵庫や調理器、食器もそろっていて、食材、調味料だけを用意すればよい。問題は、スーパーやコンビニが遠いこと。スーパーは近いところで4㎞はある。坂本家は標高が高いので、行はとても楽だが、帰りがとてもつらい。夕食はチンジャオロースと味噌汁にすることし、ピーマン、豚肉、水煮筍を仕入れたが、帰ってみると油がない。仕方なく油無しで調理を済ませ、何とか食べることができた。
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坂本家の居間
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居間の硝子戸の桟
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4.5畳の間
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キッチン
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 車で坂本地区を案内していただいたが、3月19日までの「おひな様の奥座敷と坂本おひな様街道」イベントの名残で、おひな街道の看板娘や郵便局前の雛飾りが見られた。4月2日まで、人形文化交流館で「第29回阿波勝浦ビッグひな祭り」が開催。三万体の人形と百段のひな壇が飾られている。
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おひな街道の看板娘
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人形文化交流館の雛達 3万体もある。

☆四国歩き遍路 第1番・霊山寺~第6番・安楽寺http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2017-03-25
☆北国街道を歩く 軽井沢追分宿からの挑戦!http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2016-08-12
☆旅と温泉の情報室 http://www.a-spa.co.jp/
☆旧街道を歩く旅 http://www.a-spa.co.jp/tabi/nikko/index.html
★スペイン聖地サンティゴ巡礼を歩く 初日サン・ジャン・ピエ・ド・ポーから
 http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2013-06-19
☆海外温泉入浴珍道中 http://www.a-spa.co.jp/junyoku/matsuno.htm
☆旅と温泉の思い出ショップ http://aaspa.web.fc2.com/shop/
☆おんせん県おおいたで、生活費1ヶ月6~7万円で過ごせるか挑戦中!第2弾
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徳島市への移住を検討しながら、四国お遍路に挑戦! 2017.3.20~ [旧街道を歩く]

徳島市への移住を検討しながら、四国お遍路に挑戦! 2017.3.20~
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金森 達 画

 豪州に住む娘から、「そろそろ、お年寄りに優しいところに住み替えたら?」と言われ、その気になって、近くの75歳以上の高齢者医療費無料化を実施している日の出町やもっと暖かい田舎への移住を検討し始めた。東京交通会館へ出向き、徳島県ふるさと回帰センターに相談した。勧められた3か所のうち、勝浦町が気に入り、「田舎トライヤルハウス」の利用を紹介していただいた。2週間、シェアハウスに住み、蒲団も借りて1万円という信じられない費用。リビングやお風呂、トイレ、キッチン、無線ランなどの利用は無料だ。
ということで、3月20日に青春きっぷを利用して出発する。JR青梅駅を4時35分に出て、13回乗り換え、22時頃に徳島市内に到着予定。当日は、徳島市「徳島の町の小さな宿ゲストハウス」に予約済。税込みで、1泊2,800円。JR阿波富田駅から徒歩3分。

 この旅の目的は、①徳島県勝浦町の田舎暮らしを知り、賃貸の古い家屋を調べること。②徳島県内の一番札所から二十三番札所までを歩きつなぐこと。③遍路ルート上にある未入浴の温泉に入浴すること。④独り暮らしを愉しみ、春の俳句作りにいそしむこと。⑤この間の生活ぶりをブログで発信すること。
3年前、スペインの聖地サンティゴ巡礼(約800㎞)を35日間で歩き通したときに、ともに9世紀に端を発した巡礼路であるスペインの聖地サンティゴと四国八十八カ所お遍路が協力協定を結んでいることを知った。いずれは四国遍路(約1400㎞)を歩き通したいと思っていた。とりあえず、「発心の場」と言われる徳島県内のお遍路を目指すことにした。

 3月18日、かつてクロネコヤマトでパソコンの修理のため宅配便を利用した時の梱包を残していたので、それを再利用することに。事前にデスクトップのパソコンを「田舎トライヤルハウス」へ送ってしまうのだ。3月21日に到着した日には、パソコンが使えるようになる。3日に一度の間隔で発信したいと思う。

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危機一髪エッセイ 豊後街道歩きの阿蘇・二重峠下の石畳で橋から落下して胸椎骨折する! [旧街道を歩く]

危機一髪エッセイ 豊後街道歩きの阿蘇・二重峠下の石畳で橋から落下して胸椎骨折する!

 2013年11月、家庭の事情があって、東京から単身家出することになり、温泉のある大分市に4か月半過ごした。この期間に大分と熊本を結ぶ「豊後街道」歩きを延べ7回で歩き通した。第6回目の時、阿蘇山の二重峠下の石畳から、夜明け前の5時頃歩こうとした時、石畳入り口にある高さ1.6mの小さな橋の横から「どっ」と垂直に落下し、圧迫胸骨骨折をしてしまった。その時は何とか這い上がり、流石に「後で動けなくなるかも」と人の目につく車道に変更して予定の20kmを歩き通した。

 014年1月11~12日、1泊で宮路・坂梨宿~肥後大津までの予定で歩いた。1日目に勝海舟も一服したという小糸家第13代目の庭園だった的石御茶屋(庭園)まで歩いた。その日はJR赤川駅から阿蘇駅まで移動し、宿泊費が安い阿蘇ユースホステルに宿泊した。
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的石御茶屋(庭園)
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阿蘇ユースホステル

 9時に就寝。翌朝早く起きて「どうせやることがないのなら、早く出て出発地近くに『ジョイフル』があったから、そこで明るくなるまで時間調整すればよいと判断した。
翌日、阿蘇ユースホステルを午前5時15分に出発。JR阿蘇駅始発5時35分で赤川駅に移動。昨日見かけたジョイフルの灯はなく、営業時間は10時からだった。これは予想外だ。仕方なく真っ暗闇の中を前回歩いたところ、的石まで歩く。石畳まで100mの表示板に促され、6時20分に到着。暗くて皆目わからない。正面に白い表示板らしいものが見える。
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暗がりに石畳
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前方に看板らしきもの・・・

 暗がりに白い看板が見えたので、撮影・・・。せめて石畳とこの表示板の写真を撮ろうと近づきシャッターを押す。突然、ズン!と体が浮いた。「何だ!なんだ!」と叫んだ!1.6mの穴か、いや橋の側溝に落ちたらしい!右の膝と右の肘を打ったらしい。水がなかったのが幸いだ。この暗がりで石畳を歩くのは無理と判断。怪我の様子が分からず、腰を痛めたかも知れないので、旧道を諦め人や車が多い車道を歩いて二重峠に出ることにした。あの側溝の底でもし気絶でもし、誰にも気づかれなければ・・・・と思うとぞっとする。

 2002年10月5~6日に歩いた「中山道六十九次を歩くー和田から下諏訪まで」の事件を思い出した。当時の記録を掘り起こすと「西の餅屋に出る。ガイドでは、その先は国道を歩くほうが無難、と書いてあったが、その入り口に通行止めの表示がなかったので、そのまま入ってしまうことで、地獄を見ることになる。沢に沿って歩くが、次第に道が細くなり、ついに消えてしまった。右手上にビーナスラインが見えているので、上っていくと、道路までの高さが2mはあって手が届かず、上れない。左手は沢への絶壁、道路に沿って這いながら移動し、ようやく高さ1.5mまでのところに来る。ガードレールの支柱に二股の枝を通して、それを頼りにようやく道路上によじ登って9時40分、生還した。腰痛の痛みどころではなかった。以後は懲りて、国道をもくもく歩く」

 その後、九十九折りの車道を歩き、7時20分に二重峠(標高663m)に到着。ここからの阿蘇連山の日の出前の眺めは素晴らしい。
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二重峠(標高663m)

 後ろの山側には風車が三基。339と23号線の交差点で「石畳1.1㎞」とあるのでそこまで行く。「二重峠三重峠西南の役」碑がある。幅二間(約4m)の標高差225mの石畳道が約1.6㎞続いている。ここからは339号線を歩く。六里木跡に出るまで迷いに迷った。清正公道を通過して、11時25分に五里木跡碑に着くまで、3時間かかったことになる。450年前、合志一族が守る東獄城(現日吉神社)の下に人々が住み始めた頃の大津草創時代、「椋天神」が氏神様「日吉神社古宮」、縦15×横10×高さ30㎝の石柱「御茶屋跡北側の馬繋ぎ」、「手永会所跡(細川藩の役所」碑を通過して
「大津町歴史伝統館」で休憩する。JR肥後大津へ向かう途中、食事処「遊楽」での昼食後、熊本発特急バス(2700円)の肥後大津13時58分発に乗車し、大分まで戻る。腰の違和感をずっと持ちながらの歩きだったが、何とか体が持ってくれた。

 翌日目が覚め、左右に寝返ったり、ベットから降りるときに激痛が走った。起き上がりしばらくすると痛みはなくなる。老齢化で時間がたつと打撲の痛みが出たか?と一応整形外科に行ってみようと徒歩2分のところにある星野整形外科で診察を受けた。直ぐに腰部のレントゲンを撮る。診察はなんと「十二胸骨骨折だな。コルセットを作る手配をしましょう」だった。「えっ本当かよ!」という心境だ。胸部の下の方、でも痛いのは右腰だよ・・・・。20分ほど待ってコルセットの型を取り、痛み止めの薬をいただいて帰宅した。

 インターネットで「十二胸椎骨折」を調べると、新しい手術のできる病院として自宅から徒歩15分の所にある「大分整形外科病院」が紹介されていた。念のためその病院にも診察に出かけた。同じ診察結果だった。念のためMRI検査を1月27日にすることになった。コルセットをしてできるだけ前かがみにならないこと、重いものを持たないことの注意を受けた。
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胸椎骨折用に石膏で装具を作る。


 振り返ってみると不注意や準備不足からこうした結果を導いたと言わざるを得ない。「せっかくここまで来たのだから・・・」とか「まあ、何とかなるだろう」というその時の甘い自分の都合のよい誘惑に負けてしまった。そのつけはとても大きかった。その後、医師からは、「胸椎骨折の部分がすこし曲がって固定したので、就寝時など腰を横にした時に慣れるまでずっと痛みがあるだろう」と言われた。身長が1センチ短くなり、医師の言われた通り、毎日の就寝時に2分ほどの痛みが今でも取れない。人間、痛みを感じないと反省しないものだ。今のところ、歩くことができるのが救いだが・・・。

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危機一髪エッセイ レオンのパラドールでガラスドアに顔面激突! [旧街道を歩く]

危機一髪エッセイ  レオンのパラドールでガラスドアに顔面激突!
                  スペイン「聖地サンテイアゴ巡礼」の旅 レオンの 7月7日
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レオンのパラドール、サン・マルコス修道院を改修した中庭

巡礼の19日目・7月6日、Mansilla De Las Mulas(マンシージャ・デ・ラス・ムラス)のアルベルゲ(巡礼者の宿泊施設)の宿泊。何日か同じペースで歩いた仲間から、「ジャパニーズフーズを食べたい」との要望で私が日本の俄かシェフになり、八百屋から仕入れた鯛や海老の塩焼きなどの調理をして14人の異国人が卓を囲んだ。7~8カ国人参加のディナーという異次元の体験でビールやワインをしこたま飲みすぎ酔ってしまい、耳栓をせずに寝込んでしまった。深夜隣の男の鼾で目を覚ます。耳栓の場所を探せず、朝まで寝られなかった。
 7月7日、アルベルゲをいつも通り6時に出た。今回の巡礼で、レオンとサンティアゴにあるスペイン国営のパラドール二か所に泊まるのが目標だった。前日、オーストラリア・ゴールドコーストに住む次女の薫に宿ネット予約をお願いしていた。Parador de Leónは、55歳以上のゴールデンライズは通常現地予約で165.20ユーロだったが、スマートセール(Booking.comネット予約)ツインルーム2名分朝食付き100ユーロで予約できた。サイトのホテル説明は、以下のようだった。「Parador de Leónは、印象的な16世紀のサンマルコス修道院内にあり、全パラドール中、最大かつ最も荘厳・華麗なパラドールと言えます。16世紀に建設が始まり、2世紀かけて建造された病院兼修道院で、サンプレスコ様式(16世紀のスペインルネッサンス様式でゴシック建築の構造体にルネッサンス様式をほど顔した)の装飾が施された、長さ100mにもおよぶ外観は圧巻です。回廊や教会など当時の姿を残す一方、客室や館内は注意深く念入りに改修され、美術品で見事に飾られています。パラドール一美しいと言われる玄関ロビー、風格あるサロン、回廊を見下ろすスイートルームなど、このパラドールで一夜を過ごすのは最高の贅沢と言えるでしょう。 夜になると、パラドールと前に広がるサン・マルコス広場がライトアップされ、幻想的な姿が浮かび上がります。パラドールとは、古城や貴族・領主の館、あるいは由緒ある修道院を一流ホテルに整備したホテルチェーンで1928年から始まり、現在93か所ある。

 今回の巡礼の旅で、カードは持参せず、日本で契約したNEO MANEYにお金を入金して現地の通貨で下ろせる仕組みを利用した。当初1ユーロは100円くらいと予想していたのが120円を超えたことに気づき、この先予算が厳しいので、娘に宿の予約は娘のカードで事前支払いをお願いしていた。
8時24分にアルカウエハ着、10時に国道を横断する歩道橋を渡ると前方に大きなレオンの街が見えてくる。途中何日か一緒に歩いていた28歳のアメリカ人高校教師で日本語を話すジェームスと合流し10時45分にかつての城壁が遺る城塞内へ入る。サンタ・マリア教会を過ぎ、開いて間もないパブでランチを食べる。ミックスサラダと鱒のムニエルとポテト、デザートにパイナップル。
 Parador de Leónは、ツインで二名分の朝食付きなので、ジェームスか67歳の韓国人元校長のキムのどちらかを誘おうと思っていたが、やはり静かに気を遣わずに寝たいという「我欲」が勝り二人には黙っていた。
アルベルゲに行くジェームスと別れ、私はガウデイが設計したカサ・デ・ロス・ボデイーネス(今は銀行、土曜日なので閉館)右折してレグラ広場のカテドラルに行く。サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂、ブルゴスのカテドラルに並んでスペインの三大カテドラルに数えられている。12時のミサが始まるので入場を止めようとしている隙に入ることが出来た。レオン大聖堂の内部の広さが凄い。735点もあるステンドグラス・バラ窓も素晴らしい。
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ガウデイが設計したカサ・デ・ロス・ボデイーネス
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レオン大聖堂

 仔羊の門、許しの門で知られるイシドロ教会ではミサが始まっており途中まで参列した。前にいる6人家族のふまじめな態度に驚く。おしゃべりはする、女の子二人は背くらべ 、男の子は母親の髪をいじって遊んでいて母親は止めようともしない。
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イシドロ教会

 レオン・カテドラル前のカルボ・ソテロ広場を挟んだ今日宿泊するサン・マルコス修道院にいく。
 サン・マルコ修道院は、レオンの旧市街、新市街を分けるベルネスガ川に面している。100mもある壮大な建築物で、祭壇はカテドナルを見た後なので地味に感じた。1530年に建設工事が始まり、16~18世紀にかけての建築技術の粋を集めて18世紀に完成した。当初、サンティアゴ騎士団がサンティアゴに向かう巡礼者のために救護院として建てられた。後に修道院に代わり、国営パラドールとして1964年にオープンした。
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 「レオン城塞の博物館」の展示場になっている場所へいった。入場料が0.60ユーロだったが、巡礼者なので無料だった。柩のような石箱で古いのは973年、978年、13~14世紀のものは彫りが凝っているもの。3世紀の石版だろうか、かすかに動物の描かれたものもあった。中庭の四方の回廊が素晴らしい。ここに今日泊まるのだ。博物館に泊まるようなものだ。
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回廊
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中庭

 それからチエックイン。一階は建設当時の雰囲気が残る回廊と中庭、奥には付属教会がある。パラドールのもっとも古い建物は、司教座聖堂参事会の会議場として使われたという天井の高い黄金の細かい細工の部屋、サロンとして使われている。重厚な朱色の絨毯が敷かれた2階への階段を上って周囲や中庭を見下ろしたとき、古い建築物や美術品、調度品の数々に背筋がゾクッとした。豊富な絵画などは当時の貴族が有名な画家に描かせたものを寄進したものなのだろう。中世の雰囲気を感じたくて、教会や1、3階の回廊には何度訪ねてみた。2階フロアの214号室は、ツインベッドで調度品も古い。ドアの鍵は昔のまま。でもバストイレ付きで20日ぶりにたっぷりと湯を満たした浴槽にありつけた。極楽極楽だ。
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2階フロアの214号室
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サロンとサロンの天井

 ネットの口コミ情報で「外観や歴史はともかく部屋はごく普通の部屋でがっかりされるかも知れない」とあったが、20日間アルベルゲの2段ベッドですごした私にとっては極上の部屋に感じられる。夕食はまだ日が沈まない8時過ぎに外へ出て中華料理展示場「長城飯店」でミックスサラダ、日本風の五目焼きそばにビール。焼きそばは美味。

 巡礼21日目の7月8日、レオンのサン・マルコス修道院のパラドール・デ・レオンで朝食を7時30分に食べ、8時に出発予定。4時に目が覚め、タブレットに自炊したスペインの書籍をひもとく。歴史が11~13世紀の歴史的な話が満載でその後を追っての観光は無理と知る。小都市でも中世の建物を利用した巡礼宿が50ユーロほどで利用できることも知ったのでたまには挑戦したい。全身全霊でまだ誰もいない中世中庭の香を楽しんでみる。回廊は上下二層に分かれ、階下は緑の中庭を囲み、聖者や巡礼者の像、この地で発掘されたローマ時代の石棺が置かれている。
拙句 「中世の回廊飛びし夏ツバメ」「中世の回廊夜明け夏ツバメ」

 7時30分、二階のレストランで朝食をとるが内容の豊富さに驚く。流石に五つ星ホテルだ。サラダは無かったがその分フルーツが豊富で、ハムは五種類もあったか、レオンの名物だとかの牛の乾燥した硬いハム(セシーナ・バカCECIN de VACA)というのはこれか。チーズの一角に小皿に入った羊の青カビチーズも美味しかった。冷やされたシャンパンもあり、すこし飲んでみた。
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 食後最後の見納めと三階から中庭を眺望する写真を撮影後、一階フロアに戻ろうとしてガラスドアに頭から激突した。開いていると思って顔面から突っ込んだのだ。眼鏡が歪み、メガネの一部が眼球の左側にめり込んだ。血が床に滴り落ちた。どの程度の傷か分からなかった。またたまポケットに入れていたガーゼで患部を左手で抑えフロントに駆け込んだ。「怪我をしたので消毒液と包帯を頼む」と身振りで接した。だが彼らはスペイン語しか話せず要領が得ない。「救急車を呼んだほうがいい」と相談している素振り。仕方なくオーストラリアにいる娘に電話で助けを求めて彼らに通訳を頼んだ。ようやく英語を話せる人が来て、消毒液を塗りガーゼで止めてもらった。部屋に戻り、そっと傷口を見ると眼鏡の左角を強くぶつけたようだ。包帯の仕方が余りにも大袈裟なので自宅から持参した万能薬「月のしずく・神秘の水」を傷口にスプレーして絆創膏を貼り直した。というわけで出発が8時30分になった。顔なじみの何人かの巡礼者からは、「その顔はどうしたんだ?」と気遣いの言葉をかけていただいた。35日簡にわたる巡礼道800㎞の歩きで、最大の危機一髪の数時間だった。

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北国街道を歩く(最終回) 二本木宿から、新井、高田宿へ2016.8.29 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く(最終回) 二本木宿から、新井、高田宿へ2016.8.29
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高田城外堀に栽培された蓮

 8月29日(月)5時52分発の黒姫駅に乗り、二本木駅には6時35分着。拙句「妙高を見つめて列車今朝の秋」駅トイレで歯磨き、トイレを済ませる。快晴、雲多し。ずーっと下り坂。7時、右手に松の木の藤沢一里塚。ここで暑くなったので肌着を脱ぐ。7時27分、賀茂神社、田圃が多く、畦がきれいに刈られ、稲穂に雀が出入りする様子がハッキリと見える。拙句「苅りた畦稲穂出入りす雀かな」
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7時27分、賀茂神社、数年前から山から引かれたという手水場に近所の方が水をペットボトルに入れていた。張り紙には「飲み水ではありません」とあるが・・・。すぐ左手に照光寺境内に「親鸞聖人奮跡」?本堂上に寺の名の額がなかった。正面の欄間彫り物は7枚ある。「小出雲」信号下に飯山街道との追分道標「左飯山動、右善光寺道」
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照光寺
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照光寺正面の彫もの
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追分道標
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街灯

7時45分、上町延命地蔵尊、新井宿に入り、右手に市神社。新井宿では月に6回市が開かれた。
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 左手に天保年間創業の「君の井酒造」があり、資料をいただき、写真撮影の許可をいただく。明治の大火で建築物や資料は消失。高田藩榊原藩主の酒造り128石の許可証に「天保13年」と記されていることからこれを創業年(1842年)としている。昭和26年までは「田中屋」「酒田中」と呼ばれていた。
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天保年間創業の「君の井酒造」

 8時22分、石塚一里塚跡通過、大崎には矢代川の千草石(輝石安山岩)を利用した石屋が7~8軒続く。拙句「炎天や影を友とす前後ろ」右手の北新井駅を過ぎて、上信バイパス道の高架をくぐる。
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東本願寺新井別院
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石塚一里塚跡
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石屋

 信越本線を越し、諏訪社、小さな祠の越後出雲神社へ。拙句「稲穂揺る鉄路電線青い空」9時45分、「御小休根切松」の先新幹線ガード下、「明治天皇石澤御小休所」の日陰で靴を脱いで休憩。
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諏訪社DSC04359.JPG
越後出雲神社

 矢代川に架かる渡瀬橋をこえてすぐ右折。今泉城と大和神社、弘法の清水跡を通過。県道579号線右折すると伊勢町口番所跡、一里塚。
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明治天皇石澤御小休所DSC04362.JPG
大和神社
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弘法の清水跡
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伊勢町口番所跡

 10時40分、右、神名宮で矢代川の蛇行部を外濠にして蓮の花が咲き残っている。7月22日~8月16日まで「上越蓮まつり」で、東洋一の蓮花群が見られたところ。「南本町2」信号を左折し、時の鐘があった周辺を探すが、粟飴を十返舎一九が紹介した高橋飴屋、紺屋は見つからなかった。
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矢代川の蛇行部を外濠にして蓮の花
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 11時15分に街中の上越プラザで休憩。高田駅前の観光案内所で、今日の宿泊所を「割烹宮田屋」の夕食付5,500円に決めた。 駅前の大黒屋でゆっくりランチを食べる。
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旧第四銀行
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駅前の芭蕉宿泊地跡を求めて、高田橋(上田橋)近所を探索する。芭蕉は高田で町医者細川春庵宅で3泊した。4代目の中山染物店主に聞き、県栄不動産のビルを建設時に碑を取り外したという。北国街道追分碑も探索した。ここは北国街道の基点になるので、是非とも確定しなければならなかった。昔は5の辻周辺が賑わって、昭和の半ばに7つの映画館や遊郭もあったという。明治44年(1911年)建築のルネッサンス式白亜の大劇場「高田座」が開業、その後、大正5年(1916年)に常設映画館「世界館」に改称、さらにいくつかの名称に変更、今唯一の映画館として「高田世界館」として105年の歴史を誇っている。その世界館の通りの「本町7丁目」信号先の右手の宇賀魂神社境内に碑「右おっしう道、左かがみち」があった。昭和10年に信号角のあったのを移転した。
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芭蕉宿泊地跡だったところ
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明治44年(1911年)建築のルネッサンス式白亜の大劇場「高田座」
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北国街道追分の道標

割烹吉田屋は、秋葉神社の真向いにあった。2階の菊の間・8畳私の部屋。バストイレは共用、エアコン付き。夕方になるとこの宿の男児2名が剣道を習っているらしく、宿前で竹刀でタイヤを打つ練習中で、甲高い気合の奇声が延々と続いて厭になる。拙句「竹刀討つ気合叫ぶ児炎暑宿」夕食は牛肉、鰈の唐揚げ、むつの刺身、レバニラ炒め、ヒジキの煮者、あさりの味噌汁にご飯。
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4日目の関山宿から新井宿へ7.1㎞、高田宿へ10.6㎞。2回に分けて軽井沢追分宿から高田宿までの北国街道歩きの距離は、146㎞歩きつないだことになる。

翌8月30日、小雨のためタクシーで高田駅へ。6時59分発で直江津へ、ほくほく線で湯沢、上越線で水上、高崎へ。八高線で高麗川、拝島経由で青梅へ帰った。
☆北国街道を歩く 軽井沢追分宿からの挑戦!http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2016-08-12
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北国街道を歩く 野尻宿から関川、田切、関山、二本木宿へ。 216.8.28 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 野尻宿から関川、田切、関山、二本木宿へ。 216.8.28
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塚が西側のみが残った北沢一里塚

8月28日(日)野尻宿を6時40分に出発。前日、観光案内所で教えられた「信濃町 観光タクシー助成券」を利用して、タクシーで野尻宿本陣跡まで行く。この助成券で信濃町が800円負担してくれる。気温は18度、7時に旅籠安右衛門(名主)本陣跡からスタート。
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野尻宿本陣跡
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国道18号線沿いにあるモニュメント

 国道18号線に出ると、ナウマンゾウのモニュメントが蕎麦畑に映える。拙句「雄叫びのナウマンゾウや蕎麦の花」下り坂の道沿いに、廃屋となったラブホテルが3軒、バブル崩壊の遺跡か?信越大橋の手前を右折し、7時48分に関川の関所「道の歴史館」へ。
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信越大橋手前
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信越大橋を下から

 突き当り、右へいくと加賀藩関川宿本陣跡、大石家池泉式庭園。さらに高田藩本陣跡豊田家にわずか石垣が残る。この辺り、豪雪地帯で一階部分が物置などで、主屋は2階からになる造り。
左手に戸隠山が見える。
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関川の関所跡
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加賀藩関川宿本陣跡、大石家池泉式庭園
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高田藩本陣跡豊田家

 8時15分、右手は妙高高原駅、日本唯一のスキー神社を過ぎる。
8時37分、深川橋を渡り、田切宿へ。大田切川に架かる大橋の左かわ回り込み旧道右へ。
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戸隠山
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日本唯一のスキー神社

田切宿は二俣宿と合宿で、白田切川と郷田切川に挟まれた交通の難所。文化13年(1816
年)開湯の赤倉温泉は、田切宿の庄屋が発起人だった。9時3分右手は旧北国街道入り口だが草ぼうぼうで諦める。左に「二俣宿」関山宿へ6㎞の表示。明治天皇二俣御小休所跡。
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二俣宿

 9時22分、御館(おたて)の乱無名戦士の墓の後、国道18号線に合流、赤倉温泉スキー場入り口を過ぎる。10分後、太田切川の妙高大橋を渡り、右折。
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御館(おたて)の乱無名戦士の墓

 9時45分、坂口新田バス停手前に「坂口新田一里塚」があった。妙高山麓直売センターでトイレと220円の葡萄1房を購入、歩きながら水分補給。
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妙高山麓直売センター

 10時21分、小野沢の白野山興善寺へ。右手に祠内に10分後に覆屋に2体地蔵の泉地蔵あり。
10時40分、関山神社と奈良薬師時にある日本最古のものに次いで古い仏足石。
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覆屋に2体地蔵の泉地蔵
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関山神社
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仏足石

11時13分、西側のみが残った北沢一里塚。関山宿の東端へ国道に出てすぐ右手に蕎麦屋「縄文そば今町屋」でかき揚げ盛り蕎麦をいただく。2㎞行くと公民館前の筆塚、奥には片貝縄文資料館。公民 館前の日陰で昼寝、45分熟睡。
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北沢一里塚
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蕎麦屋「縄文そば今町屋
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公民館前の筆塚と奥の片貝縄文資料館の表示版

13時18分、これより松崎宿。二本木の戸数67軒、寺院2軒、松崎宿との距離は2㎞で合宿。市屋一里塚跡は不明。
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 13時25分、松崎宿入り口枡形になる欅と杉の大木の若宮神社通過。
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 13時40分、白山神社、明治天皇二本木御休所。高さ2m、直径35㎝の円柱あり。「二本木に入ったら、綱を放して、小荷駄の者は馬に乗って通ってはいけない。村内はくわえきせるをするな」との記述らしい。
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 桜古木に囲まれた中郷小学校手前、右手山中に蛇塚。「北国街道踏切」を渡り、600mも行くと松崎宿。右手の安楽寺が本陣役を担った。1.5㎞も行くと左手に二本木駅。
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二本木駅ホームに入る電車

二本木駅や北新井駅周辺に宿がないため、昨日泊まった黒姫駅前のふじのや旅館に泊まることにした。14時20分発妙高高原駅方面に乗車する。15時頃に黒姫駅に着き、「一茶記念館」へ向かう。公園入口の階段を登ると「是がまあついの栖か雪五尺」の句碑。文化9年(1812年)11月24日、一茶が柏原に戻った時の句。俳諧寺には「初夢に故郷を見て涙かな」の句碑。
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俳諧寺
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俳諧寺の天井

 一茶記念館で聞くと、信濃町で124の句碑があるという。今年の入館者は約15,000人、昭和35年には5万人を超した。ここで拙句「百の句碑万の寄せ来しおらが蕎麦」を投句。
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「やせ蛙負けるな一茶ストリート」を通ってふじのや旅館へ。
夕食は昨日と同じ食事処で冷やしおろし蕎麦と行者ニンニク豆腐、熱燗をいただいた。じのや旅館で五代目小林隆信氏に宿のお宝の掛け軸などを見せていただいた。
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ふじのや旅館五代目小林隆信氏

野尻宿から関川宿へ3.9㎞、田尻宿へ3.9㎞、関山宿へ7.9㎞、二本木宿へ3.9㎞合計19.6㎞ 約7時間。

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北国街道を歩く 神代宿から牟礼宿、柏原宿、野尻宿へ  2016.8.27 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 神代宿から牟礼宿、柏原宿、野尻宿へ  2016.8.27
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柏原宿の明治21年築のふじのや旅館に泊まる

8月27日(土)小雨の神代宿をポンチョ着て6時25分に出発。白塀から乗り超えて、紫色の朝顔を咲かせているのを新鮮に映った。観音堂をカーブで左折し、登り坂を行く。神代坂の大石上に仏像が。
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観音堂
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神代坂

さらに傾斜に植えられたリンゴ畑の多い登りが続く。北国街道の表示板が入り口にあっても、その先のY字路でどちらに行くのかが分からず、方角で決めてしばらく行って不安になり、また元の道まで戻ることがあった。
7時42分、白坂峠一里塚。かつては道を挟んで両側に土饅頭形の塚が築かれていたが、道路の拡幅工事で削られた。
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白坂峠一里塚
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 平出への表示に従い、8時15分県道60号線、荒瀬原線飯綱町平出へ出る。
「三本松」信号角セブンイレブンでサンドイッチとコーヒーを購入、小雨に中歩きながら食べる。三本松は、一茶が江戸へ奉公に行くとき父が柏原から牟礼まで見送ってくれた地で、「父ありて明ぼの見たし青田原」の句碑がある。
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三本松

 8時37分、右手へ旧道、高さ18m、幹回り2.9mのエノ木塚が残る四ッ屋一里塚。拙句「リンゴの木枝撓るるや母の腕」
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8時52分、牟礼に入り旧道右手に「中生門」、牟礼宿鎌問屋か?幕末の建築で本うだつのある旧家屋山本宅、すぐ左に牟礼神社。證念寺を左折、上り口に閻魔王などを祀る十王堂。冥途の十人の裁判官だ。
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十王堂
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観音寺

9時37分、佐渡の金銀を江戸へ送る中継地だった金附場跡。この辺り、売地の広告が多し。拙句「里山の売地の多し大胡桃」小玉の先、18号線を北へ横断する。後に新道と古道の分岐を右折し、古道へ。
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金附場跡
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観音平

 すぐ新道に合流し、「右牟礼役場へ2.1㎞、左野尻湖公民館9.6㎞」の表示板。すぐに「小玉坂一里塚跡」傍らに上杉謙信馬留清水が湧き茶屋があった。
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10時40分、峠を下ると落影集落、一面蕎麦の花で明るくなる。池中開田祈念碑、続いて落影立場の家がある。11時05分、小古間集落の大悲恋、ふくよかな六地蔵、延命地蔵尊を見る。
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ふくよかな六地蔵

11時22分、古間一里塚へ。文政4年(1821年)松の木が倒木、人馬圧死とある。一茶の句碑。
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 11時30分、古間宿本陣跡、諏訪神社、一茶最古の句碑「松陰に寝て喰ふ六十余州かな」文政の大火で居宅を失い焼け残りの土蔵の一茶旧宅と句碑「門の木も先ずつつがなし夕涼み」、一茶旧宅の敷地内に子孫が住んだ一茶屋。石灯篭と切り石が残る柏原宿本陣跡。
対面にある明専寺には有名な句碑「我と来て遊べや親のない雀」がある。
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古間宿本陣跡
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諏訪神社
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 食事場所を訪ね歩いて、開いていれば黒姫駅前のラーメン屋くらいと聞き直行する。本日宿泊のふじのやは、真向いだった。地元の人も来るラーメン屋で混雑していた。
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ふじのや旅館

12時35分、ふじのや旅館にチェックインし、荷を置き野尻湖から黒姫駅へ戻る16時20分発の時間(200円)を確認してから、13時30分に歩き始める。ずっと国道18号線の下り坂。上信越道を越してから、14時15分、国道両側に一対の塚が残る野尻一里塚に。
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野尻一里塚

「ナウマンゾウ発掘地」信号の先を右折のつもりが、道が分からず次の信号、ナウマンゾウノモニュメントがあるまで行きすぎてしまった。右折して野尻湖畔へ。遊覧船乗り場前がバス乗り場というので、しばらく時間調整で待つ。小雨で霞がかり湖面が見えないのに、遊覧船乗り場には大勢の観光客で待つ人が多い。
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野尻湖畔

 野尻宿本陣跡が不明で、明日に立ち寄ることにして、バスで黒姫駅へ戻る。ふじのやへ入室し、まず洗濯し、干し物は2階の縁側へ干させてもらった。「ふじのや」は屋号で、正式名は「藤野屋旅館」明治21年、初代小林嘉七により割烹料理屋創業。二代目の小林由三郎が旅館業を始める。三代目の小林嘉左エ門が現旧館の「藤野屋旅館本館」を建設。四代目小林隆太郎をえて五代目小林隆信氏が「はなれ」を昭和44年に増築し、現在に至っている。本館は国登録有形文化財になっている。本館は宿泊が認められず、私の部屋ははなれの8畳の菊の間。
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創業当時の写真
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二階大広間・汚れ防止のためゴザで覆っている
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創業当時のままの二階の部屋
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本館の二階階段
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離れの二間に泊まる

夕食は真向いの蕎麦屋で「ミニ天丼と盛り蕎麦」と燗酒をいただいた。小付けに間違えたらしい馬刺しが来てとんだ贈り物。店内には一茶の短冊句が飾られ、流石に一茶の故郷だ。ふじのやに隣接する酒屋で、明日の朝食用パンと夜のつまみと冷酒真澄を購入。部屋に戻ると部屋にりんごとトウモロコシが差し入れされていた。ありがたい。
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牟礼宿へは7.9㎞、柏原宿へ7.9㎞、野尻宿へ3.9㎞合計19.9㎞

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北国街道を歩く 川田宿から福島宿、長沼宿、神代宿へ 2016.8.26~27 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 川田宿から福島宿、長沼宿、神代宿へ 2016.8.26~27
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正福寺の六地蔵

8月26日から、2回目の北国街道歩きを実施した。第1日目の荷を軽くして歩く方法を考え、宿をあらかじめ決定して、荷を宅急便で送ることにする。長野観光案内所で調査していただき、ようやく神代宿・豊野駅の近くに「神風館(じんぷうかん)」〒 長野県豊野町豊野1056-1 [電話]026-257-2022を見つけた。1泊夕食付で@5,500円で決定。

8月26日(金)に自宅を4時40分に出発し、東青梅駅5時10分発、拝島乗り換え5時44分、八王子発6時33分、松本駅10時16分着、11時09分発、長野駅12時22分着、観光案内所で翌日の黒姫の宿情報を仕入れる。松代行バス12時45分、松代駅着13時15分(650円)。ここで電話をしまくり、ようやく明治後期建築のふじのや旅館(素泊まり3,500円)に決定。川田方面乗り換え14時発で川田宿へは14時20分に着いた。

前回歩いたゴール地点を確認する。宿の端の秋葉社から出発する。14時37分、一里塚通過、保科橋を渡って403号線へ、千曲川に沿って歩く。北野美術館に隣接する北野天満宮信濃社を通過。
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川田宿の秋葉社
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一里塚
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北野天満宮信濃社

 15時04分、「右松代 左保科道」道標。すぐ先に正満寺、六地蔵あり。山門(鐘楼)は市指定文化財。綿内入り口信号角に西宮神社、「綿内追分碑」
この辺り、桃畑など果樹園が多い。屋島橋が工事中で、歩いて突っ切るのに一苦労。国道を渡るのに帽子を落とし、車にひかれ金具がぺしゃんこ。
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「右松代 左保科道」道標
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正満寺六地蔵
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西宮神社
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「綿内追分碑」
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工事中野屋島橋

 15時48分、福島宿へ入り、大笹街道道標。天神社は福島宿北の枡形で直角に折れる。大幟は高井鴻山の筆。西福寺は福島宿一古い。この先にかつて布野の渡しがあった。
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大笹街道道標
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西福寺

村山橋まで土手を歩く。16時15分に橋を渡りはじめ、20分かかった。土手に沿ってリンゴ畑を歩き、
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千曲川
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 見事な赤松がある秋葉社、左折して長沼神社へ。林光院山門に十王像が安置。寺前に長沼の道標あり。右へ突き当ると蓮如上人が2度滞在したという西巌寺。善導寺で道に迷い、17時10分、国道18号線アップルラインで行く。
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赤松がある秋葉社
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長沼神社
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林光院山門に十王像が安置
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西巌寺
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善導寺

 旧道の赤沼公会堂には信州リンゴ発祥の碑があるが見られなかった。赤沼信号で左折し、豊野駅方面へ。踏切があるかと思いきや、歩道橋で渡り多賀神社へ。突き当り正面石段上に観音堂。中腹まで数えたが59段。13世紀に創建した聖林寺が前身。
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歩道橋で渡り多賀神社へ
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観音堂

宿は踏切手前に戻ったところで、18時30分神風館へ到着。浴室が2ヶ所あるが、間違えて湯が出ないところで裸になり、とりあえず水シャワー後に夕食。豚肉と野菜の陶板焼きの良が半端じゃない。ゴーヤちゃんぷる、茄子と蒟蒻の煮もの、海老焼、ポテトとコーンサラダ、鮪刺身など。
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神風館
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夕食膳

川田宿から福島宿へ5.9㎞、長沼宿へ3.9㎞、神代宿へ7.9㎞合計17.7㎞で時間にして、4時間余で見るべきものの見ないで相当急いだ1日だった。荷を少しでも事前に送っていたのが幸いだった。

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北国街道を歩く 4日目 戸倉宿から川田宿まで 2016.8.09 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 4日目 戸倉宿から川田宿まで 2016.8.09
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松代藩鐘楼・江戸時代の時の鐘(約2時間毎)、1624年(寛永元年)初代藩主真田信之が火の見櫓と共に設置。3度の大火で焼失、1801年(享和元年)に再建、2012年に修復。日本電信発祥の碑もあり

8月09日(火)、5時20分に宿を出る。サークルKで朝食を購入。
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千曲川と戸倉上山田温泉

5時45分に旧道に合流するが、下戸倉宿本陣跡は不明。「下の酒屋」は、信号の角にある旧家屋を利用した蕎麦屋「萱」か?6時20分、㈱長野セラミックを右手に。この会社は人工温泉機器を製造し、かつて取引をしていた。寂蒔の元禄6年(1693年)に築いた水除土手、はす向かいに淨海と芭蕉の句碑「名月や児達ならぶ堂乃塚」
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旧家屋を利用した蕎麦屋「萱」
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㈱長野セラミック
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寂蒔の元禄6年(1693年)に築いた水除土手碑
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淨海と芭蕉の句碑

7時、右手の屋代駅前で朝食、歯磨きを済ます。7時20分に出てすぐ大きな道祖神、一本南の道に行き、屋代小学校敷地にある明治21年建築の洋風学校を見る。生蓮寺にあるという大逆事件の屋代出身の新村兄弟の墓は見つからず。明治に再建された旅籠藤屋を過ぎて須々岐水神社をクランクして矢代宿本陣跡のY字路を右手、あんず街道を進む。
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屋代小学校敷地に行く手前にある道祖神
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明治21年建築の洋風学校
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明治に再建された旅籠藤屋
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須々岐水神社

 足指が痛み、科野の里ふるさと広場で靴脱ぎ足を休める。上信越道ガードを過ぎ、右手に森将軍古墳館、長野県立歴史館併設の科野の里歴史公園。山上に古墳遺跡が見える。拙句「山上の古墳明るし青田かな」「青田風山上古墳見上ぐして」
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科野の里歴史公園
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山上に古墳遺跡

ENEOSをY字左折、休憩から30分歩いてから、松代への表示板がないこと気づく。倉科の里に来ていた。2㎞も間違えて東に来ていた。植科大宮神社を抜けて、9時35分に唐崎城趾へ。9時53分、上信越道手前の一里塚跡、振袖地蔵尊、灯籠を見て土手側の道を行くが、結局土手を降り、清水庵地蔵尊を通過して車道へ。右手に妻女山、会津比売神社を森の中に見て、「中道島」Y字路を右手、松代市街地方面へ歩く。
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植科大宮神社
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一里塚跡
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振袖地蔵尊
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清水庵地蔵尊
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長芋畑

松井須磨子入り口を過ぎ、文武学校、旧白井家表門、真田邸方面へ。11時半、街道へ戻る手前の食事処「ニュー街道一」で生姜焼定食を食べる。
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文武学校
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真田邸
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食事処「ニュー街道一」で生姜焼定食

松代まち歩きセンターで、今日の宿泊所を相談する。この先の川田宿に宿泊場所がないことが判明。そこで紹介されたのが、松代市内の築120年の明治時代の町屋(登録有形文化財)「松代ゲストハウス布袋屋」だった。ここにひとまず荷を置き、川田宿まで歩くことにした。
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「松代ゲストハウス布袋屋」

12時45分に出発。旧松代藩鐘楼に寄り。荒神町Y字路を右折。松代焼窯跡をえて13時25分、川中島合戦供養道標(この位置がなかなか分かりにくかった)を右折し、鳥打峠へ山道を登る。一旦、上信越道まで下り、すぐ右折。道なりに行くが行き止まり、戻りつつ、上信越道を超え、牧島、大室へ出る。
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旧松代藩鐘楼
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川中島合戦供養道標から、鳥打峠へ山道を登る
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 自転車に南瓜を乗せたお婆さんに道を尋ねると「大変ね!南瓜しかないけど持ってく?」といわれたが、疲れて重いものを持つのはもう勘弁と「お気持ちだけいただきます」14時25分、大室崖岩下の仏像群で休憩。右上に「まきばの湯」が見える高井大室バス停で、時間を確認して一気に川田宿へ。
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大室崖岩下の仏像群
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大室古墳入口
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高井大室神社

関崎の渡し跡の常夜灯を右折し下る。火伏の秋葉社を過ぎ15時13分、西沢邸、川田宿本陣、高札場着。松代行の16時07分発に合わせてバス停に戻る。
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関崎の渡し跡の常夜灯
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火伏の秋葉社
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川田宿場
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川田宿の西沢邸
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川田宿本陣
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高札場
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居眠りをしているうちに松代着。松代ゲストハウス布袋屋でチェックイン。素泊まり&相部屋で3,300円。今日は幸いにして私一人の貸切状態。奥の和室2間のうち一間に布団の用意。布団式はセルフサービスで、離れにウォッシュレットトイレとシャワー室がある。厨房と大型冷蔵庫もあり、ソフトドリンクは自由に飲める。部屋には野の花が飾られていて、オーナー山本薫さんの心遣いが思われる。洗面台には松代焼窯元から調達した「糸繰り鍋」を利用していた。古い襖を剥がしたら、「弘化3年繭仕入帳」「明治16年の布袋屋忠治郎」の銘が出てきた。「布袋屋の代々の関わりを証明する歴史的な証拠が出現してうれしい」とご主人の山本勝彦さんは言う。
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松代ゲストハウス布袋屋
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オーナーの山本薫さん
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古い襖を剥がしたら、「弘化3年繭仕入帳」「明治16年の布袋屋忠治郎」の銘が出てきた

夕食は薫さんから、教えられた松代名産の長芋を活かした、「食事処うめたや」へ。長とろ定食(長芋とろろ汁、茄子・しみ豆腐の煮もの、鮪刺身、味噌汁、漬物、長野県特A地区飯綱町三水のご飯:980円)+白グラスワイン(300円)。味も器も満足なディナーだった。食後は車で10分ほどの松代温泉「松代荘」に送迎していただいた。
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「食事処うめたや」での長とろ定食

翌早朝は、やはり勧められた散策路の歴史的道すじ、思索の小道を堪能し、朝食はつたや本店の茄子と野沢菜おやき+コーヒ(550円)をいただいた。
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山寺常山邸
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山寺常山邸の庭園
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つたや本店のカフェでモーニング
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お焼きとコーヒー

9時43分の篠ノ井線篠ノ井駅まで薫さんに送っていただいてお別れ。松本駅(10時56分着)甲府駅で一旦下車し、ランチに横浜ラーメンを食べる。

 翌8月10日、14時頃に東京へ戻る予定。しなの鉄道戸倉駅発15時04分、上田着15時19分、軽井沢には16時04分着。ここから16時20分発のJRバスで横川へ、16時54分着。吾妻線17時20分横川駅から17時53分高崎へ。八高線で高崎を18時06分に出て19時37分高麗川、20時18分着拝島経由で東青梅へ。JR高尾駅乗り換え、八王子、拝島経由で青梅には夕方に着いた。青春きっぷでの普通列車は、時間がかかる。

☆北国街道を歩く 軽井沢追分宿からの挑戦!http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2016-08-12
☆旅と温泉の情報室 http://www.a-spa.co.jp/
☆旧街道を歩く旅 http://www.a-spa.co.jp/tabi/nikko/index.html
☆海外温泉入浴珍道中 http://www.a-spa.co.jp/junyoku/matsuno.htm
☆旅と温泉の思い出ショップ http://aaspa.web.fc2.com/shop/
☆おんせん県おおいたで、生活費1ヶ月6~7万円で過ごせるか挑戦中!第2弾
 http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2014-02-01

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北国街道を歩く 3日目 上田宿から戸倉宿へ 2016.8.08 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 3日目 上田宿から戸倉宿へ 2016.8.08
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上田宿の旧家屋が残る柳町

8月08日(月)、5時55分に出発。上田駅前を通り、中央2丁目信号で北国街道と合
流。
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原町市神社

 中央3丁目で左折し、すぐ土蔵造りや旧家屋が200mに渡って残る柳町。まだ朝早いので涼しい。海禅寺から引いた清水「保命水」を左折、拙句「爽やかな真田の朝の虫の鳴き」
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柳町の旧家屋
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清水「保命水」

 6時42分、18号線の「生塚」へ合流。すぐ先に千人塚・正福寺。寛保2年(1742年)の豪雨で千曲川の氾濫で、通常より約10m増水した大洪水で2800人余の流死者を出した祈念碑が建つ。秋和、の先Y字入り口で、野菜収穫のご夫婦に声かけられ、「水分補給に持っていきなさい」と胡瓜とトマトをいただき、励まされる。荷は重くなるので、歩きながらお腹の中へ。
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千人塚
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秋和

 7時09分、一里塚公園、北国街道往還道碑。裏に文久元年(1861年)塩尻の銘。新幹線ガードを越すと立派な堀や石塀がある家屋が続く。
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一里塚公園
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堀や石塀がある家屋

 沓掛酒造、「下塩沢」信号を過ぎ岩鼻へ。左小指が傷んで、何度も休憩する。8時、古代に狼煙台が岩鼻にあったことから、寝不見(ねずみ)という地名の説がある「ねず見」。鼠宿跡は上田宿と坂木宿との間宿。かつて団体旅行のランチでよく利用した薬膳料理で有名な新田醸造を通過。
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岩鼻
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一里塚橋
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鼠宿跡
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薬膳料理で有名な新田醸造

 Y字路、南条郵便局を右折。江戸初期往海玄古住職がタバコ栽培を広めたという「玄古たばこ碑」、「身にもみて大根からし秋の風」芭蕉句碑のある西念寺。芭蕉は貞享5年(1688年)姥捨ての田毎の月鑑賞後に坂木宿本陣宮原拾玉に招かれ、名産の「なかんしょ大根」と「おしぼりうどん」を食し生まれた句。
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玄古たばこ碑
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芭蕉句碑のある西念寺

 中之条信号から150m先の民家に横臥する見事な松が健在。30年前、田中角栄氏が2千万円で譲ってほしいといったとか。
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 9時20分、善光寺常夜灯、二十三夜塔、村上義清公墓所・田町十王堂(閻魔堂)へ。西宮神社過ぎて道狭し、道に迷い、立派な門構えの片桐宅を尋ねる。ご主人と15分ほど旅談義で盛り上がる。
 突き当りの左手は、坂城駅、右へ折れて病院に行くという80代の老夫婦に声かけられる。かつてトライアスロンをしたといい、励まされる。
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善光寺常夜灯
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二十三夜塔
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田町十王堂(閻魔堂)IMG269.jpg
西宮神社

 右手に旧坂木宿本陣表門、クランク状に行き、善光寺常夜灯。
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旧坂木宿本陣表門
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善光寺常夜灯

 10時25分、しなの鉄道のガードをくぐり、笄(こうがい)の渡し碑跡。村上義清公が落城時に船頭に千曲川を渡してもらい落ち延びた。髪飾りの笄を船頭に与えた。11時03分、松雲山泉徳寺に虎杖の句碑を過ぎて、じきに千曲市へ。右手の旧道に行くと旧家屋あり、この辺りが上戸倉宿か?千曲川沿いに行き、万葉橋へ向かう。ここで今日の宿泊を國楽館戸倉ホテルに1泊夕食付で6,000円税別で予約。
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笄(こうがい)の渡し碑跡
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松雲山泉徳寺IMG292.jpg
千曲川と温泉街

 12時に宿へ到着、荷を置いて大浴場でひと風呂浴びてからランチ探しに外出。意外にに営業している店が少なく、蕎麦屋で天ざるに。芭蕉句碑にあった「おしぼりうどん」を賞味したかったが・・・。近くに足湯があるコンビニ・マルケイサークルを発見した。2014年4月15日オープンで、足湯付きコンビニは全国唯一だ。
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國楽館戸倉ホテル
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玄関
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2階の部屋
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浴室
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足湯があるコンビニ・マルケイサークル

その後、千曲川畔にある「戸倉温泉発祥碑」を訪ねる。温泉街を開いた坂井量之助顕彰碑で、戸倉上山田温泉は、明治26年で度重なる洪水で荒廃していた。私財を投じて温泉街を開いた坂井量之助が志半ばで夭折。翁の義理の兄藤井氏が大正5年、鉄工所を経営で成功していた畑山国三郎に温泉経営権を譲渡。以後、畑山は温泉街の基礎造りに貢献した。じつは畑山氏は國楽館戸倉ホテルのご先祖様だった。宿の主人畑山佳則氏は4代目。
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温泉街を開いた坂井量之助顕彰碑

 夕食は部屋でいただいた。蕎麦、茶碗蒸し、烏賊のお造り、鮭のボイル焼き、ハンバーグ、茄子・ピーマンの炒め、蕨・ゼンマイの煮もの、ご飯に味噌汁。
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拙句「風涼し千曲湯開祖碑の錆し」「日焼けする肌の痛みや戸倉の湯」
 3日目は上田宿から栃木宿12.4㎞、上戸倉宿、下戸倉宿へ5.9㎞合計18.3㎞。

☆☆北国街道を歩く 軽井沢追分宿からの挑戦!http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2016-08-12
☆旅と温泉の情報室 http://www.a-spa.co.jp/
☆旧街道を歩く旅 http://www.a-spa.co.jp/tabi/nikko/index.html
☆海外温泉入浴珍道中 http://www.a-spa.co.jp/junyoku/matsuno.htm
☆旅と温泉の思い出ショップ http://aaspa.web.fc2.com/shop/
☆おんせん県おおいたで、生活費1ヶ月6~7万円で過ごせるか挑戦中!第2弾
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