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ボスニア内戦の地を訪ねる。スナイパー通りのホリディインホテル前を通過! [海外のはなし]

ボスニア内戦の地を訪ねる。スナイパー通りのホリディインホテル前を通過!
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第一次世界大戦の勃発のきっかけとなったラテン橋

 2017年10月11日~21日まで、クラブツーリズム主催の「クロアチア・スロベニア5ヶ国周遊11日間」に参加した。出かける前に、不勉強で気づかなかったが、ボスニア・ヘルツエゴビナで第一次世界大戦の勃発のきっかけとなった1914年6月128日のサラエボ事件、1992年4月1日~1995年12月14日のボスニア・ヘルツエゴビナ紛争(ボスニア内戦)の現場に立ち寄ることになった。
QR0807便(成田~ドーハ)乗り継ぎQR0231便でドーハ~セルビアのベオグラードへ。
 10月12日、ベオグラード観光で、1991年までバチカン半島の6つの共和国を構成するユーゴスロビア社会主義連邦だった。1980年5月4日に亡くなったチトー大統領の霊廟・ユーゴスロビア歴史博物館に立ち寄った。
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チトー大統領の霊廟・ユーゴスロビア歴史博物館
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カレメグダン公園(サヴァ川ドナウ川の合流する丘の要塞・紀元前4Cから、今残るのは18C以降に作られた)

1999年のセルビア人とアルバニア人との民族紛争でNATOが空爆した痕跡が今も残っている。
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スナイパー通りに面したホテルホリデイイン
参考:コソボ紛争の空爆の痕跡you-tube:
https://www.youtube.com/watch?v=0PveRj8R62c

 ボスニア・ヘルツエゴビナ紛争(ボスニア内戦)で、スナイパー(狙撃手)通りに面したサラエボ・ホリディインホテルは、当時建物の半分は銃撃で半壊し、もう半分の側は、ジャーナリストの取材現場だった。外の動くものはすべて銃撃され、装甲車が行きかい、水を確保知るために命を懸けて井戸水を汲みに外へ出なければならなかったという。今回のツアーで車窓から、改修され営業をしている黄色い建物を確認することができた。
参考:ボスニア内戦の民族戦争の真実・you-tube:2010年9/9ジャーナリスト山路徹氏の報告https://blogs.yahoo.co.jp/kaientai1867/42144630.html

1914年6月28日のサラエボ事件の現場は、ラテン橋付近だった。ボスニアを統治していたオーストリア=ハンガリー帝国のフランツ・フェルディナント皇太子夫妻が青年ボスニア党のセルビア人青年、ガブリロ・プリンツィプに狙撃された。そのため、一時はこの橋は、プリンツィプ橋と呼ばれていた。対岸のビルの角に説明版と写真が展示されている。
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サラエボ市庁舎
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ラテン橋
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事件の現場となったビルに展示
参考:サラエボ事件・第一次世界大戦の勃発の場所you-tube:
https://www.bing.com/videos/search?q=%e3%82%b5%e3%83%a9%e3%82%a8%e3%83%9c%e5%86%85%e6%88%a6&qpvt=%e3%82%b5%e3%83%a9%e3%82%a8%e3%83%9c%e5%86%85%e6%88%a6&view=detail&mid=F010DC9DA4489EB99B90F010DC9DA4489EB99B90&FORM=VRDGAR


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スロベニアの北西部・ブレッド湖の温泉宿に入浴する!海外温泉78カ所目。 [海外のはなし]

スロベニアの北西部・ブレッド湖の温泉宿に入浴する!海外温泉78カ所目。
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ブレッド島へ向かう手漕ぎ船、背後はブレッド城

 10月11日から「クロアチア・スロベニア5ヶ国周遊11日間」と題したクラブツーリズムのツアーに参加した。約2130㎞を超えるバスツアーの強行スケジュール、15名で無事予定をこなした。セルビアを除いてアドリア海に面した南からモンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、スロベニアの5ヶ国だ。予定の行程に入っていたスロベニア・ブレッド湖畔には、鉱泉が湧き出している唯一の老舗ホテルトプリツエGrand Hotel Topliceがあり、その源泉を使用した温泉プールを営業していた。(トプリチュエとは温泉という意味)行程ではリュブリャーナを出発して、ブレドッド湖を通過し、トリグラウ国立公園のボーヒンの観光となっていたが、離団証明書に署名し、私はブレッド湖で観光バスから下りて、温泉入浴を試みた。

 ブレッド湖はユニアンアルプスの最高峰標高2864mのトリグラフ山系の麓にあり、“アルプスの瞳”と称されている。湖面から約100mの断崖に立つブレッド城と湖に浮かぶ小島には、8~9世紀にできたバロック様式の聖母被昇天教会があり、湖のシンボルとなっている。湖畔には、旧ユーゴスラビア率いるチトーの元別荘など、近代的なホテルが並んでいるが、唯一天然温泉(鉱泉)プールを備えている。その温泉プールへの入浴とサウナ体験が、今回離団しての別行動の目的である。
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 17世紀の有名作家の自伝で、当時すでに貴族の温泉巡礼で知られていた。科学者によるとカルシウム、マグネシウムなど多くのミネラルが含まれ、伝染病、貧血、自律神経失調の治癒に短期間で効果があったという。1818年、源泉は粗末な小屋で覆われた二か所の温泉プールに運ばれた。1850年春、
ルイゼンバットの名で営業開始、何度も所有者が変わり、1922年、リゾートホテルトプリツの名になり、1931年に今のプールが作られ、2002年に改装された。

 フロントで入浴したい旨を伝え、使用料18ユーロを支払った。温泉(鉱泉)を案内され、水温が22度と知らされる。正面に飲泉塔があり、プールは12×9mほどで小さいが、湖畔に面したガラス張りで対岸崖上にブレッド城が見える。奥に行くと熱いフインランドサウナ、温い遠赤外線サウナ、ミストサウナが、さらに奥には美容マッサージ室があった。それぞれのサウナの入り口ドアに、ブラジャーとパンツの絵柄にバツ印がついた張り紙があり、裸で入室するようにとの指示が。ときどき欧州の混浴サウナ体験で、バスタオルを持ち込み禁止に驚いたという日本人の旅行記を読んだことがあり、一度は体験したいと思っていた。
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プールから見るブレッド城

 まず、更衣室で海水着に着替え、プールに足を付けるが「冷たい!」仕方なく、熱サウナで体を暖めてから、プールでひと泳ぎ。でも冷たいので、またサウナへと繰り返した。時間が10時前と早いためか、お客は私だけで、混浴になりそうもない。サウナに行く角に、紅茶パックとポットなどがテーブルに用意されている。ここではパンツをはくのか裸のままくつろぐのか?判然としない。全裸でティ―タイムとは、なにか間抜けな感じがするが・・・。 ドイツ人は職場の同僚同士の混浴サウナでくつろぐことに違和感がないと聞く。

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 温泉(鉱泉)プールは、所々で小さな泡が湧いてくる箇所がある。底から染み出て来るのかそういう仕組みにしているのか解らない。泉質は、炭酸とカルシウムを含む無色透明の水だ。22度の温度で保たれている理由は、効能性を維持するために、直に源泉を引き入れていること。毎晩空にして、毎秒10リットルの注ぎこんでいるという。
飲泉は1日にコップ2杯飲むことを進めている。
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ミストサウナ
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二階フロアのレストラン
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二階フロアからのブレッド湖の眺望
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ホテルから徒歩15分の船乗り場からの小島
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聖母被昇天教会のある小島へ行く手漕ぎ舟
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湖断崖に立つブレッド城

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温泉巡り紀行「湯崗子温泉『龍宮温泉』のタイル画について、加藤郁美さんから・・・。 [海外のはなし]

温泉巡り紀行「湯崗子温泉『龍宮温泉』のタイル画について、加藤郁美さんから・・・。
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 9月14日、湯崗子温泉「龍宮温泉」探訪記のブログ
http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/archive/20111005
に国書刊行会から「にっぽんのかわいいタイル:昭和レトロ・モザイクタイル編」を2016年5月に出版した加藤郁美さんのコメントが記されていた。以下

 ただいま、続編の「大正・戦前編」を執筆しておりまして、その主人公のひとりが、池田泰山という美術タイルを制作した人で、こちらの記事の、湯崗子温泉「龍宮温泉」浴室のタイルを制作しました。東京では宮内省の建設設計部門:宮内省内匠寮の仕事をうけて朝香宮邸ほかあちらこちらの宮邸、京都では島原遊郭のダンスホールに、と多彩な活躍をした人です。この池田泰山のお孫さんから見せていただいた納品リストに「湯崗子温泉」とあり、検索しているうち温泉マニア様の画像で浦島太郎のタイル画を拝見して、これにちがいない!と大興奮しました。お孫さんに問い合わせたところ、下絵の写真が発見されて、お孫さんもびっくりでした。

 ということで、その後加藤郁美さんに拙宅に来ていただき、「龍宮温泉」滞在の様子をお話し、資料を提供することになった。ラストエンペラー溥儀が湯崗子温泉「龍宮温泉」に滞在した後に、肝心のタイル絵が設置されたらしい。国会図書館で手に入れたという資料には、提供するにいたる経過が詳しく書かれていた。

 加藤郁美氏は、2016年6月、4年間の全国タイル旅と愛知県多治見市笠原町の歴史をまとめた「にっぽんのかわいいタイル:昭和レトロ・モザイクタイル編」で注目され、「月刊「東京人」の2016年11月号に「東京タイル紀行」、1965年の「三宅坂ビル」1930年の「赤坂プリンスクラシックハウス」、1937年の「東京国立博物館」、1940年頃の「岩の湯」の記事を紹介されていた。
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 旧満州の「湯崗子温泉」の「龍宮温泉」浴室のタイル絵は、次刊の「にっぽんのかわいいタイル:大正モダン・アンティークタイル編」で新発見・解明の目玉記事として紹介されるようだ。温泉にこだわり、国内外の温泉巡浴の記事がこのような新発見・解明の助けになればとてもうれしい。


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クロアチアとスロベニアの温泉 [海外のはなし]

クロアチアとスロベニアの温泉
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金森 達 画

 2017年10月11日から「クロアチア、スロベニア5カ国周遊11日間のツアー」に出かけることになった。5カ国とは、クロアチア、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、コソボ。セルビアを除いて、アドリア海に面している。いつも海外旅行には温泉を訪ねるのが私の目的になっていて、機会があれば一風呂浴びたいと思っている。
クロアチアの温泉は地図を見ただけで10カ所はありそう。スロベニアにも何カ所かありそうだ。日本語での紹介や日本人の温泉マニアらしき人の紀行文を探してまとめてみたい。

 クロアリアの温泉のイストゥラIstarske Topliceは、モトヴンMotovunから北東約7㎞(車で15分)、ミルナ川を渡ったところに在る温泉。この温泉の利用は、ローマ時代からといわれ、保養地として知られ、スパリゾートとして開発され、長期滞在の療養施設で治療する人が多い。参考:訪問記:
https://www.adria-ex.com/blog/item/321.html

 クロアチアのビゾヴァスケという町の外れに温泉娯楽施設・ビゾヴァスケ・トプリツェBizovacke topliceがある。1,970年にINAイナという石油会社が油田を発掘時に地下2000mのところから湧きだしたもの。40度の温泉は、リウマチや関節炎に効能があるようだ。石油臭が強く入浴後の洗剤で洗わなければならないという。
参考:訪問記 http://hrvatska.exblog.jp/15799340/
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 スロベニアのツエリから東へ40km、列車で約50分のエロガシュカ・スラティナRogaska Slatina 温泉は、スロベニアでも規模が大きい温泉。11世紀にはすでに飲料水として利用され。17世紀には販売されていた。「Donat」ブランドの炭酸水の源泉で、マグネシウムが沢山含まれている。

 スロベニアのカムニクKamnikからバスで9km約15分行くとテルメ・スノヴィクTerme Snovik。カルシウム、マグネシウム、ナトリウムなどを含み、関節痛や腰痛などに効果がある。宿泊施設、室内プール、野外大プールなどを備えたレジャー施設がある。

 ポルトロージュPortorozは、19世紀以降リゾート地として発展を遂げてきた。南下すると約70ha(東京ドーム約15個分)の700年前からの製法で知られるセチョヴィリエ塩田がある。参考:訪問紀行https://4travel.jp/travelogue/10207084

 スロベニア北西部にあるブレッド湖畔の温泉は、昔から温泉が湧いており(鉱泉)湖に浮かぶ「聖マリア教会」とアルプスの山々の眺望を楽しめるリゾート地。リゾート地のホテルにはプールの設備があるが、温泉の源泉が惹かれているのは、老舗ホテルのGrand Hotel Toplice のプールの実。源泉は22度で加温して38度に保っている。泉質は炭酸とカルシウムを含む中性の無色透明。プールは水着着用だが、サウナは別料金でサウナに入るときは裸の混浴、サウナ以外で過ごすときは布を巻いて過ごすようだ。

参考:訪問記 ブレッド湖での鉱泉のあるお宿は、トプリツエGrand Hotel Toplice
https://4travel.jp/travelogue/10207138
http://www.heavenly-spring.com/europe/slovenia/ziva/index.html

 今回のクロアチア・スロベニア5か国周遊のツアーでは、ブレッド湖畔に半日観光の予定。うまくすればこのホテルで入浴が可能かも知れない。リユブリアーナからブレッドまでは、列車で40分~1時間10分、バスで1時間20分、駅から湖畔へはバスで15分。

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「小さな日本列島への心配」 [海外のはなし]

「小さな日本列島への心配」
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金森 達 画

 私の次女はオーストラリア人の夫アダムと二人の娘と暮らしている。2011年3月11日の福島原発事故で放射能が他県に流れたとき、アダムは「両親を呼ばなくていいのか?」原発のないオーストラリアでは原発に敏感だ。今年、母子が秋休みで6月15日から3週間日本へ里帰りすることになった。最近の北朝鮮のミサイル報道で、アダムは「こんな時に日本に行って大丈夫なのか?」としきりに心配していた。

 一方、アダムの親友ピーターは、ベトナム戦争難民でオーストラリアに移住し、日本人の妻と暮らしている。アダムはピーターから「韓国のソウルで目の病気の手術をする付き添いに一緒に来てほしい」と頼まれていていた。北朝鮮のミサイル問題で「ソウルはもっと危ない」と結論を伸ばしていたが、結局ピーターは手術を延期した。私の義姉の七回忌に函館へ行く用事で、アダムは料金の安いゴールドコースト発クアラルンプール経由で千歳へと家族と合流することになった。外国に住む人たちは家族第一で、危険な環境にとても敏感だということを感じた。
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金森 達 画

 それにしても国際結婚は今や珍しくない。自治会の私の組で、17軒の内3軒の身内が国際結婚をしていた。オーストラリア人との結婚が2軒、チリ人との結婚が1軒だ。チリ人との結婚をした彼は、スペイン語が堪能で慶応大学の学生の頃にチリ人の女性と知り合い結婚し、親元で同居していたが、3011年3月の福島原発事故後の危険を感じて、夫婦でチリへ帰国してしまった。
 いまや、地球上は簡単に移動できる時代で、危険を承知でそのまま居座る選択肢はだんだん狭められてきた。これまでは、海に囲まれた島国で、農耕民族だった日本人は、長いのもにまかれなければ生きにくいと、何事も我慢して生まれ育った地域に住み続けたが、変わりつつあるのだろう。

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危機一髪エッセイ―新婚旅行の初日に乳房の手術後の抜糸をして旧ソ連へ。 [海外のはなし]

危機一髪エッセイ――
 新婚旅行の初日に乳房の手術後の抜糸をして旧ソ連へ。
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金森 達 画

 私たちの新婚旅行は1976年7月27日から8月7日、旧ソ連・ポーランドへ行った。新潟のホテルに宿泊し、新潟港からマホトカへ。さらにシベリア鉄道でハバロフスクへ。ここからモスクワ、レニングラード(現サンクトペテルブルグ・1991年までの呼称)ポーランドのワルシャワまで行くという当時としては、かなりマニアックな旅程だった。ワンダフルツアー主催で、15人の参加者と尾張広一添乗員で旅立った。

 今回のエッセイは、新婚旅行の紹介ではなく、出発前までの危機的な事件のことをお知らせしようと思う。危機と言っても命にかかわるほどではなかったが・・・。
当時、私は都内の職域生協に身を置き、ルート営業をしていた。新婚旅行の2週間ほど前だったが、左胸、乳房の下あたりを触ったり、シャツが触れると痛みが走り、気になっていた。あるとき仕事で運転中に外科病院に駆け込み、診察をしていただいた。すると先生は、「乳房のしこりがあり、脂肪分で、今簡単に手術で切り取り、すぐに帰ることができます」というので、簡単な気持ちで手術をしていただいた。手術後、切り取った1センチ四方の白い脂肪分を見せてくれた。

 たまたま、夜の池袋でお酒の入る取引先との打ち合わせに上司に帯同することになっていた。はしごで飲酒した後に上司と分かれて稲城市の自宅へ向かう途中から、左胸に痛みと腫れあがってくるのを感じていた。深夜に自宅についたら、乳房は女性のような大きさになって、痛みはさらに強くなるばかり・・・。強烈な痛みにも我慢するしかなかった。翌日、妻の車に乗せられて、稲城市立総合病院に駆け込んだ。医者は「よく我慢していましたね。乳房の手術の内出血で、再手術が必要です」といって再手術・再縫合をしていただいた。「2週間後に抜糸をしに来なさい」と言われた。今では、呼吸糸と呼ばれる体内に吸収されて溶けてしまう糸が使用されているが、当時はナイロン糸を使用していたので、抜糸をしなければならなかった。
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自筆画 旅行中にスケッチ

 私たちの結婚式は、2月29日に済んでいた。私の誕生日は3月1日で同じ日に式を挙げようと思ったが、当年はうるう年で2月29日が休日だった。両親には「4年に一度の記念日なんて縁起が悪いから日を変えたほうが良い」と言われたが予定通り実行した。5か月前から新婚旅行の行先や日程を決めていたので、事前にロシア語の学習やロシア映画、ロシア・ソビエト国宝絵画展などを観たりして楽しみにしていたので、何とか予定通り無事抜糸を終えてから出発したいと思い、新潟中央病院で抜糸をするコンタクトを取ったのだ。抜糸の後、旅行に影響がないのかと多少心配もしたが、これから行くソ連やポーランドへの好奇心が勝って、旅行中は全く気にならなかった。当時は、ソ連のシベリア鉄道乗車中に外に向けての撮影は軍事機密を守るために禁止されていたほどの閉鎖性に満ちて、なおのこと見てみたいという欲求を駆り立てた。
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自筆スケッチ

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「高級ホテルに泊まる上海・蘇州・無錫ミニターツアー4日間」  [海外のはなし]

阪急交通社主催
「インターコンチネンタルホテルとハイアットリージェンシーに泊まる 上海・蘇州・無錫ミニターツアー4日間」   2016年12月14~17日
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上海新天地2階カフェからの眺め

 旅行費用は2名1部屋で一人39,900円。往復の航空便は、中国国際航空(CA)
1日目は、14時55分発の930便で、上海(浦東)着は17時20分。空港構内でラーメンを食べて、一路無錫へ。無錫蘇寧凱悦酒店(ハイアットリージンシーホテル)着は22時。
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機内は日本語を話すスタッフがいない。今回の旅は、旧友が退職するので、ようやく一緒に海外旅行ができることになった。今回の参加者は夫婦者が多い14人。到着口で待つ添乗員は、中年男の邱(きゅう)さん。日本語は余り上手じゃない。往々にして少人数はガイドの質が悪い。中型バスで宿まで移動する。空港から上海市街地まで(約30㎞)の個人客のアクセスは、リニアカーとモノレール、バス、タクシーだ。リニアカーは約7分。モノレールは35~45分。
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 ホテルロビーは43階フロア。ホテルの部屋は、65階フロアでとても広く、バスタブ浴室、シャワー室、トイレ室が分かれている。テレビは日本語放送が聞くことができた。

 翌日、6時頃からホテル近所の散歩に出かけた。小公園「白水池」、華中花園の隣で奥行きが広い。集団で太極拳をしていた。小公園に隣接して、大きな漢方薬店があり、従業員が出勤中だった。朝食は64階のレストランでヴュッフェ。さすがに一流ホテルで品ぞろえは言うことなし。朝もやの中、7時頃から陽が出てきた。
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 この日の予定は、無錫市内の観光。太湖の北端にある「げんとうしょ公園」へ。げんとうしょとは、すっぽんの事。遊覧船内で無錫民族ショーの鑑賞で胡弓や琵琶の演奏、京劇風踊りを見た。10時35分発の遊覧船に乗る。琵琶湖の3倍の広さを持つ太湖には鮒・鯉・シジミ・白魚などの魚が生息している。中国では太湖の広さは3番目。
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 昼食はスペアリブ、白魚卵とじ、豆腐スープなどの8品ほどの無錫料理。午後は、古い街並みの残る恵山古鎮で散策時間。酒屋で試飲をして、安い紹興酒ボトル25元(500円)のを購入。
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 南禅寺ではガイドの邱さんから「南禅寺の登楼は10元でできるから」と言われていたが、登り口がすべてふさがれていて、登楼できなかった。
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 700年の歴史を持つ清明橋を見学。観光客が多いせいかカフェ店が多い。古書店を覗くと、竹久夢二の復刻版を見つけた。
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 最後に淡水真珠店の見学とショッピング。その後、上海まで1時間半、約180㎞バス移動。中心地で四川料理の麻婆豆腐などを食べた後、上海国家会展中心洲酒店(インターコンチネンタルホテル)へ。このホテルは、国際会議場隣接のホテルで今年6月にオープンしたばかりの上海郊外の便の悪いところ。地下鉄2号線の終点駅から徒歩5分。ガイドの邱さんもあまり知らなかった。
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 オプションの外灘夜景観賞と観光トンネル体験、上海ヒルズ(94階)からの眺望(260元)は希望者が少なく、だれも参加しなかった。私は地下鉄に挑戦し、婁山関路駅近くの虹橋三希会所マッサージへ出かける。地下鉄駅構内で切符の自動販売機で購入しようとしたが、100元札しかなく、通行人の二人連れに声をかけ、崩してもらった。行先の場所をタッチして簡単に切符は購入できた。
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 虹橋三希会所マッサージ日本人客が多く、テクニシャンの顔写真が張られ、指名料10元で指名できる。アロママッサージで80分、268元だった。帰りの地下鉄で終点「径涇東」のはずと乗っていると二つ手前で全員が下りた。私だけが取り残されて、動き出し、真っ暗闇の中で停止。慌てて、運転手は居るだろうと目の車両に歩いていくと向こうから来た乗務員が、戻るからそこで乗り換えて、というようなそぶりだった。まだ出来立ての路線で、乗り換えをしなければならなかったらしい。

 3日目は、午前中は蘇州観光で、午後は上海観光後、夕食という予定。
耦(ぐう)園は、世界文化遺産の一つ。外城河に面していて、役人の家だったが、縫製工場をえて、改修され今に至った。
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 虎丘は春秋時代の呉王の墓陵で、葬儀の三日後に白虎がでてきて墓の上にうずくまるという伝説から。高さ47mの斜塔が有名だが、今回は遠望するだけ。
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 その後、蘇州刺繍研究所へ。蘇州の技術者を養成し、国内外に展示する目的で作られた。精緻な伝統作業が見学購入できる。片面、両面刺繍職人がいて表と裏で絵柄が異なる高価な作品も見ることができた。
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 ランチは蘇州料理。店ではお客が着いてから、椅子やお皿を用意したり、エアコンを入れたりしていた。日本なら、ありえないサービスぶり。
12時過ぎに上海へ向かう。租界時代に建てられた建築群が残る外灘(がいたん)と新天地観光。
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外灘
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新天地

 夕食は今回のメインである上海ガニだ。ガイドはしきりに上海ガニ(淡水に生息するシナモクズガニ)は小さいのが特徴だと、お客の食後の批判をかわす伏線を張っていた。確かに実は小さいが甲羅のカニミソは美味。
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 上海市街地から郊外のテルまで戻るのに。1時間余かかるので、私はここで「離団書」を書いて、ここで離団することに。ここから豫園方向へ歩くが、ちょっと遠いのでタクシーを止めるが、短い距離と外国人で面倒くさいのか、結局手を振って断られてしまう。そこへ白バイクのお兄さんが声をかけてくる。豫園まで20元というので、「タクシーでも10元だから、10元なら」といって立ち去ろうとするとようやくそれでいいという。初めてのバイクで運転手の後ろに乗り、しがみついての疾走だった。夜の豫園と外灘をゆっくりと歩き、地下鉄でホテルへ戻った。
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夜の豫園
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夜の外灘

最終日は、昼の豫園観光とシルク工場、ラテックス工場見学のお買い物時間で終わった。
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マンションの洗濯干し
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昼の豫園

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温泉夜話 海外温泉巡浴のパターンのいろいろ・・・。新鮮でドキドキの体験を! [海外のはなし]

温泉夜話 海外温泉巡浴のパターンのいろいろ・・・。新鮮でドキドキの体験を!
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海外の温泉に入浴するために知恵を絞ります。最初はパッケージツアーを選ぶ時に、宿泊場所が温泉のあるホテルがあれば一番楽に入浴できます。カナダ、ハワイ島、台湾、韓国で体験しました。2001年1月に行った韓国ツアーで温陽温泉、儒城温泉に宿泊しました。かつて韓国の温泉ホテルは、夜8時には浴場や売店を閉めていましたが、日本の旅行業者の指導で、男女別浴室を完備し、営業時間を延長して日本人観光客誘致に成功したツアーの代表格です。ツアーの自由行動を利用する手もありました。2008年12月に中国、西安・華清池に行った時、華清池の観光後、わずか30分の自由時間で入浴挑戦しました。最高級浴室が一回880元(13,200円)、次が580元、一般浴槽がひとり128元、30元(450円)。一番安い30元の浴槽で入浴してきました。
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次いで、宿泊する予定の場所の近くに温泉地があり、路線バスやタクシーで行けるところ。これは相当範囲が広がります。2006年8月の中欧(ハンガリー・オーストリア・チェコ)旅行、ハンガリーのブタペストの宿泊時が該当します。2日目のツアーの出発前にタクシー移動で、6時開場のドナウ川畔に建つ1914~1918年築アールヌーボー様式ゲッレールト温泉へ。3日目の午後の自由行動では、ヨーロッパ最大規模のバロック宮殿建築のセーチェニ温泉へ。大温泉プールなど3つの大プールの他に水着着用の8か所の混浴浴槽、4か所の男女別裸浴槽があります。4日目は5時30分にタクシーでトルコ式温泉ルダッシュ温泉にふんどしを身に着けて入浴しました。
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パッケージツアーで出かけて、温泉地が近い宿泊地前後で1~2日離団して温泉巡りをする方法があります。2015年2月にトルコ11日間ツアーに参加しました。ツアー中の温泉のある宿泊ホテルで入浴しましたが、タクシーで5分の所にある市営温泉「クリムズ・ス」に取材入浴してきました。石灰棚で有名なカムッパレ観光で、ギリシア時代の大理石がごろごろ倒れている遺跡露天風呂に自由時間内に入浴してきました。8時30分と時間が早かったせいか、入浴者は私一人貸切状態という感動的な時間でした。7日目に離団し、長距離バスに乗り、バスごとマルマラ湾を渡り、ブルサへ。1552年に建てられたイエニ・カプルジャ(新温泉)、14世紀に建てられたエスキ・カプルジャ(旧温泉)に入浴を果たしてきました。マレーシア、台湾でも経験しました。

温泉巡り目的の個人旅行で出かける方法もあります。台湾や韓国は何度も経験しました。2004年にタイ・チェンマイの温泉に行きました。事前にメールで車付きガイドをしていただける人を求めました。幸い、チェンマイで在住の日本人対象に地元紙を発行している日本人男性が応じてくれました。地元紙でたまたまチェンマイ近郊の温泉情報を取材していた方で、2日間で7か所の温泉取材と入浴ができました。1996年12月にロンドン・パリのスケルトンツアーに参加したこともあります。往復のエアーとホテルのみで8万円でした。ロンドン郊外のバースの温泉博物館に行き、あわよくば監視人の目を盗んで入浴しようとズボンの下に水着を着ていきましたが、飲泉のみ実現しました。パリ郊外のヴィシーへも列車移動で行きました。2012年4月に韓国・釜山郊外温泉巡りでは、空港から釜山への移動で、たまたま白タク運転手と出会い交渉し、1日2日貸切タクシー3万円で取材に行きました。東萊(トンネ)、釜谷(ブコク)、馬金山(マグサオン)、霊山(レサン)温泉入浴を果たしました。2011年9月には旧満州(東北部)の湯崗山、熊岳城温泉等に入浴し、湯崗山温泉では、ラストエンペラー溥儀が入浴したという龍宮温泉の浴槽「龍池」に入浴することもできました。

私の次女がオーストラリアのゴールドコーストに住んでいて、孫に毎年会いに行きます。その際、温泉巡りにゴールドコーストから、年によりメルボルンやニュージーランド、フィジーへ移動して温泉巡りの取材・入浴もしてきました。あらゆる海外旅行の機会を利用して、温泉巡りをしてきました。英語もろくに話せないのに、「温泉」にこだわり、現地の人々との交流もし、新鮮でドキドキの体験を数多くしてきました。是非皆さんもご自分の趣味に応じた「こだわり」を持って海外旅行を楽しんでいただきたいと思います。
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メルボルン・ペニンシュラ温泉

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魅惑のスリランカの旅 思い残すこと・・・温泉に出会えなかったこと。 [海外のはなし]

魅惑のスリランカの旅 思い残すこと・・・温泉に出会えなかったこと。
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2016年5月29日~6月04日まで、スリランカへ観光に出かけた。紀元前以来の仏教遺跡の数々に出会い、予想以上の感動を得ることができた。5世紀後半、岩山の頂上に華麗な王宮を建てて住んでいた(王宮としてはわずか11年間)シギリヤロックに登山できた。かつてはライオンの姿でかたどられていたという。1400年の眠りからさめた壁画のシギリヤレディは圧巻だった。イギリス統治下にあった1875年、この岩山を望遠鏡で見つめていたイギリス人探検家が天女の壁画を発見した。
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ダンブッラの石窟寺院は紀元前1世紀以来の建造物で、第1窟にある約14mの涅槃仏は特筆もの。全身は黄金色に染められているのに、足の裏は真っ赤に染められている。これはスリランカの特徴で、紀元前5世紀にウイジャヤ王がインドからスリランカに彼の手のひらが真っ赤であったことからだという。ブッダがスリランカに5回訪れたという伝説と共に仏陀の影響がそこかしこに色濃く残されていることを実感した。

ところで、私の海外旅行は必ず温泉場を探し、入浴することを目標にしていたが、今回はその取り決めを初めて破ってしまった。中国の黄山のように、温泉があったはずだが、たまたま温泉場が改修中で入浴できなかったことはある。今回、事前に温泉場があることは調べてわかっていた。参考:Hot Springs of Sri Lan Ka/Amaging Lanka.comから情報を得た。インド系のシンハラ語から英語訳らしく、情報が錯綜していて、私なりに他の情報を参考にして紹介する。9つのうち6か所に絞った。

○ゴマランカダワラ温泉Rankihiriya/Ulpotha/Gomarankadawala Hot Spring
トリンコマリーから数キロの所にある温泉。42度の二つの井戸があり、それらはRankihiriya温泉、Ulpotha温泉とも呼ばれている。乾燥地にあり、Ulpotha仏教遺跡に近い。
○カンニャ温泉Kanniya Hot Water Wells at Trincomalee――スリランカ北東部の海岸、トリンコマリーの北西にある仏教遺跡Velgam Vehera修道院の僧侶によって使用される複数の池の一部。ベルガム・ラジャ・マハー・ビハーラの近く。五千年の歴ありとの伝説。ラヴァナ王の時代から利用か? 入浴不可・湯あみのみ。7ヶ所の源泉が並び、熱くても40度。外傷・消化器系に効能。席巻使用禁止だが、地元民は石鹸を使用している。地元民は5ルピー、外国人は50ルピー。露出度が高いためか、女性用水着はダメ。更衣室があり、自分で袋を持参し着替えを入れ、サロンを巻いて水浴び。無味無臭。
○Nelum Wewa Hot springs  ポロンナルワ ジャンクションから27㎞のところにある2009年に公開された新しい温泉。Dimbulagala山脈の麓にある。源泉は61度、スリランカで一番熱い温泉。10月の雨季には貯水池wewaの中に水没する。7つの温泉の内、3つが閉鎖され、4つの井戸はNelum Wewaの砂丘上に2つずつ位置している。この温泉は、乾季には砂丘を徒歩で行くことができるが、貯水池の水位が高いときは地元の漁師の助けがいる。
○Mahaoya Hot Springs マパオヤ温泉
 Mahaoya温泉は、Mahaoyaから約2㎞のところにある温度の異なる7つに井戸がある。もっとも熱い井戸は約56度で、二つの井戸のみ入浴が可能な温度。地元の自治体によって管理され、訪問者にはRs50(ルピー)が駐車料として徴収される。
○Wahawa Hot Springs
 Wahawa温泉は、スリランカ東部州アマパラ地区Padiyatawaの田舎町にある。水田と18の温泉が散在し、そのうちいくつかが掘り抜き井戸を流れ、村人の洗濯やお風呂に利用されている。
○Madunagalaマドゥナガラ温泉――又はMahaperessaスマハペレッサ温泉。
リランカ南部ハンバントータHambantotaniに位置する。周辺に象が生息し、農作物や人間の営みに害を与えていた。過去には、度々乾季の間象の赤ちゃんが温泉の水浴びに来ていた。1980年代にエンビリピティヤ(現在Walawe流域を監督)には温泉の周囲に壁を造り、被害を食い止めた。湯はかなり熱く、源泉でお米を炊くと源泉が防腐剤のような効果がありお米が腐りにくい。レナード・ウルフが行った温泉の化学的分析では、10,000当たり、固体:534、塩素:248、石灰:95、硝酸塩:0、硫酸塩:小と公表されている。
Mahaperessa温泉周辺には、2つの古代岩窟洞庵がある。仏教徒と僧侶たちは、リウマチや皮膚炎から生じる痛みをこの温泉を利用していた。今では、休日には来場者で混雑し、長い時間待たされている。
温度差がある浴槽は大きく施設がとともっている。地元民は30ルピー、外国人は100ルピー。かぶり湯のみ。
これらの紹介された温泉の他に「スリランカ最北端のジャフナ半島の海沿いに治癒力を持つ不思議な泉」として、ケリマライの泉がある。古くから病気を治す不思議な泉として知られている。近くのマヴィダプラム・カンダスミワ寺院Maviddapuram Kanthaswamy Kovilに残る伝説・・・7世紀、伝統的な儀式を軽んじた姫が、馬のような顔になってしまった。ケリマライの泉で湯を浴びると、元の顔に戻った。感謝した姫はこの地に神を祀るヒンドゥ寺院を建てた。水源は寺院の周辺で、流れる過程でミネラルを得て、治癒力を持つといわれている。

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魅惑のスリランカ7日間 旅行記  その4. (5.6日目)  2016.6.02・03 [海外のはなし]

魅惑のスリランカ7日間 旅行記  その4. (5.6日目)  2016.6.02・03
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象の孤児院、水浴び

朝食前にホテル周辺を散策し、従業員と話す機会も。
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8時にホテルを出発し、約80㎞先のヌワラエリヤへ。ガイドのニハルさんは途中の宿泊先で乗車。朝食を食べていないとかで、カフェでドライバーと朝食を摂るという、大きな団体では考えられない行動をとる。追い抜きの連続運転で、10時10分に標高600mの茶畑に到着。ヌアラ・エリヤを中心とする丘陵地帯はセイロンティーの本場で、ブルー・フイールド・ティー・ガーデンズへ。山の傾斜一面の茶畑は緑一色で美しい。ここで茶摘みを体験、工場見学をする。茶摘みの労働者は、1日20㎏の茶摘みをして、1500ルピー(日本円で1300円ほど)の報酬とか。日本人は珍しいのかハンサムな男に憧れるのか我々を見ると手招きをして、反応がないとこちらに寄って来て、茶摘みの見本を見せてくれる。工場見学は日本の製茶工場とよく似ている。売店の入り口のカフェで試飲の紅茶をご馳走になる。
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紅茶園

一時間後に同じ道を戻り、途中「ノレン」の街で30分の自由散策。昔英国人の占領時代の高級住宅が残っている。郵便局で「ペラヘラ祭」の切手があるかを訪ねたが、無いという返事。さらに高原を下り、13時前に滝を眺望する傾斜に建つホテル・レストラン(Ramboda Falls PLC)でパスタのランチをとる。周りの緑に配慮する緑色一色のホテルだった。
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私はキャンディ市街で降ろしてもらい、工芸技術の伝承と展示即売している「キャンディ芸術協会」に行くことに。キャンディ湖に面する仏歯寺の奥の昨日ダンスを見学した建物の一角だった。ここで油絵と木彫りの絡繰り箱を購入した。キャンディ岩山の天女を描いた油絵が欲しかったが、28,000ルピーで諦めた。
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キャンディ芸術協会

キャンディ湖周辺を散策し、雨が降りそうなので、三輪バイクの「トゥクトゥク」に乗る。ホテルまで500ルピーを400ルピーに値切って乗ったが、ホテルへの急坂に息切れの運転だった。
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キャンディ湖
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ホテルで見かけたブライダル衣装の人たち

翌日は、いよいよ最後の観光。約40㎞先、9時25分に象の孤児院のあるピンナワラへ。ガイドのニハルさんは、話の切り出しに「あのね」から始まる。途中通勤途中なのか渋滞でずいぶん遅れた。10時15分から始まる小像のミルク授乳の場面が終わるころにようやく到着。母親とはぐれたり、死別した小象を保護する施設で、約96頭が保護されている。日本の多摩動物園と徳山動物園とは協力関係にあるという。餌をやりや川で水浴びをする場面を見学することができた。1頭に250㎏の餌が必要でその餌代が大変そうだ。
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象の糞を加工してメモ用紙や箱などを製造する行程を見学し、売店で購入した。
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コロンボに向かう途中、11時30分、レストランでヴュッフェランチ。半露天レストランの道路側に面した木の上の家で70歳を超える老人が笛を吹いていた。このレストランのBGMだそうで、地元では有名な音楽家だそうだ。
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1時間後にレストランを出る。道路に面したカシューナッツ露店で250グラム700ルピーのカシューナッツを購入。後で百貨店へ行って値段を比較した人は、露天の方が安かったといっていた。コロンボ市内の百貨店は二階建ての店で、日本の店と展示方法も値段もほとんど変わらないが、狭い印象だった。
最後の見学は、ガンガラーマ寺院。コロンボでも有数の大きな寺院。ここでも靴を脱いでガイドについて回る。3つのエリアに分かれているようだが、金色の仏像の数々・・・。最後に金色の冠のようなものを頭に載せて、御祓い?をして腕にお守りの数珠を巻いてくれた。
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バンダーラナーヤカ国際空港へ移動し、UL454便19時15分発に乗る。3回手荷物検査があり、最後の時に土産に購入し、包装紙で巻いた「象の油絵」を取り忘れていた。機内での日本語アナウンスで「御忘れ物が届けられております・・・」に気が付き、手元に戻った。

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