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危機一髪エッセイ―新婚旅行の初日に乳房の手術後の抜糸をして旧ソ連へ。 [海外のはなし]

危機一髪エッセイ――
 新婚旅行の初日に乳房の手術後の抜糸をして旧ソ連へ。
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金森 達 画

 私たちの新婚旅行は1976年7月27日から8月7日、旧ソ連・ポーランドへ行った。新潟のホテルに宿泊し、新潟港からマホトカへ。さらにシベリア鉄道でハバロフスクへ。ここからモスクワ、レニングラード(現サンクトペテルブルグ・1991年までの呼称)ポーランドのワルシャワまで行くという当時としては、かなりマニアックな旅程だった。ワンダフルツアー主催で、15人の参加者と尾張広一添乗員で旅立った。

 今回のエッセイは、新婚旅行の紹介ではなく、出発前までの危機的な事件のことをお知らせしようと思う。危機と言っても命にかかわるほどではなかったが・・・。
当時、私は都内の職域生協に身を置き、ルート営業をしていた。新婚旅行の2週間ほど前だったが、左胸、乳房の下あたりを触ったり、シャツが触れると痛みが走り、気になっていた。あるとき仕事で運転中に外科病院に駆け込み、診察をしていただいた。すると先生は、「乳房のしこりがあり、脂肪分で、今簡単に手術で切り取り、すぐに帰ることができます」というので、簡単な気持ちで手術をしていただいた。手術後、切り取った1センチ四方の白い脂肪分を見せてくれた。

 たまたま、夜の池袋でお酒の入る取引先との打ち合わせに上司に帯同することになっていた。はしごで飲酒した後に上司と分かれて稲城市の自宅へ向かう途中から、左胸に痛みと腫れあがってくるのを感じていた。深夜に自宅についたら、乳房は女性のような大きさになって、痛みはさらに強くなるばかり・・・。強烈な痛みにも我慢するしかなかった。翌日、妻の車に乗せられて、稲城市立総合病院に駆け込んだ。医者は「よく我慢していましたね。乳房の手術の内出血で、再手術が必要です」といって再手術・再縫合をしていただいた。「2週間後に抜糸をしに来なさい」と言われた。今では、呼吸糸と呼ばれる体内に吸収されて溶けてしまう糸が使用されているが、当時はナイロン糸を使用していたので、抜糸をしなければならなかった。
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自筆画 旅行中にスケッチ

 私たちの結婚式は、2月29日に済んでいた。私の誕生日は3月1日で同じ日に式を挙げようと思ったが、当年はうるう年で2月29日が休日だった。両親には「4年に一度の記念日なんて縁起が悪いから日を変えたほうが良い」と言われたが予定通り実行した。5か月前から新婚旅行の行先や日程を決めていたので、事前にロシア語の学習やロシア映画、ロシア・ソビエト国宝絵画展などを観たりして楽しみにしていたので、何とか予定通り無事抜糸を終えてから出発したいと思い、新潟中央病院で抜糸をするコンタクトを取ったのだ。抜糸の後、旅行に影響がないのかと多少心配もしたが、これから行くソ連やポーランドへの好奇心が勝って、旅行中は全く気にならなかった。当時は、ソ連のシベリア鉄道乗車中に外に向けての撮影は軍事機密を守るために禁止されていたほどの閉鎖性に満ちて、なおのこと見てみたいという欲求を駆り立てた。
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自筆スケッチ

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河津桜と小室山の椿・イチゴ狩りツアーに行く! 2017.2.20

河津桜と小室山の椿・イチゴ狩りツアーに行く! 2017.2.20
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河津桜

 2月20日に妻と河津桜を見に、クラブツーリズムのツアーに参加した。JR小作駅からの乗車で、人気のツアーだったのか大型バス二台の催行となった。一人の参加費は、ランチの「金目鯛御膳」食付きで、@7,990円だった。
添乗員は桜井さんで、若手でなかなかよく気が付く丁寧な応対をしていただいた。行きの河津までの天候は上々で、相模湾の小波大波の景色は素晴らしかったが、着いてからは傘持参で時々パラパラ降る天気。帰りのバスは強風と雨でバスの車体が揺れるほどの荒れ模様だった。

 最初の見学地は標高321m、小室山の1,000種、4,000本を誇る椿園で、2月18日から3月12日まで椿まつりが始まったばかり、花の開花はまだまだだった。園内の「つばきの館」には、一輪挿しに200種の花の展示がされていて、館内のインテリアも工夫がされていて美しい。小室山から大室山が望め、黒っぽくなっているので聞くと「昨日、野焼きがあったんですよ」という。ぜひ一度野焼きを観たかった。
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つばき園から見た富士山
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天気が良ければ、このように見える(ポスター)

 ランチは小室山の観光リフトの乗り場に隣接するレストランで「金目鯛一尾にシラスと桜エビごはんの金目鯛御膳」だった。他の団体も同じ御膳のようだ。かつてのチラシを見ると1,500円(税別)で金真鯛煮付けと天ぷら、お刺身がついていたから、今日のメニューはせいぜい@1,000円(税別)だろうか?ごはんも金目鯛もおいしくいただいた。
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金真鯛煮御膳のランチ
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チラシの1,500円のランチ写真
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小室山の全景
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第二次世界大戦の慰霊碑

 伊豆急行線の河津駅を過ぎ、大型バス駐車場にバスを止めて、河津川に沿って咲く河津桜鑑賞の散策(60分)に出かける。車内で地図をいただいているので、説明されたポイントを頭に歩いた。開花状況はほぼ満開で橋の上からの眺望や桜のトンネル、風に吹かれて散って川に流れる「花筏」も見ることができた。河津桜の香りは弱く、何か濃い変な匂いがすると思っていたが、それは菜の花の匂いのようだった。屋台が沢山出ていて、匂いに誘われてサザエの串焼きを賞味した。豊泉橋の袂には、「豊泉の足湯処」があり、すぐ北には、町営日帰り温泉「踊り子温泉会館」や峰温泉大噴湯公園」もある。河津桜の原木も帰りのバス車中から見ることができた。
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 1955年頃に河津町の飯田勝美さんが庭先に芽吹きの苗を発見した。昭和41年1月に花が咲き、当初飯田家の屋号の「小峰桜」と呼ばれたが、後にオオシマザクラとカンヒザクラの自然交配種と判明し、地名をとって「河津桜」と命名された。
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ツアーでいただいたお土産

 事前にお知らせがなかったが、沢山のお土産をいただいた。みかんが20個ほど、沼津産のアジの干物二枚、バナジュウム含飲料水「富士山ブルー」500ml×2本だ。クラブツーリズムの競争相手の阪急交通社主催の同コースでは、3食付き@8,990円で10種の土産付きと謳っていたので、急遽その料金に対応してのサービスだったのかな?とも思われる。お客の期待は際限知らずで、会費は安く、中身は濃厚を要求する。ランチは豪華で、お土産はたくさん欲しいと欲張るものだ。

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豊後街道歩きの阿蘇・二重峠下の石畳で橋から落下して胸椎骨折する! [旧街道を歩く]

豊後街道歩きの阿蘇・二重峠下の石畳で橋から落下して胸椎骨折する!

 2013年11月、家庭の事情があって、東京から単身家出することになり、温泉のある大分市に4か月半過ごした。この期間に大分と熊本を結ぶ「豊後街道」歩きを延べ7回で歩き通した。第6回目の時、阿蘇山の二重峠下の石畳から、夜明け前の5時頃歩こうとした時、石畳入り口にある高さ1.6mの小さな橋の横から「どっ」と垂直に落下し、圧迫胸骨骨折をしてしまった。その時は何とか這い上がり、流石に「後で動けなくなるかも」と人の目につく車道に変更して予定の20kmを歩き通した。

 014年1月11~12日、1泊で宮路・坂梨宿~肥後大津までの予定で歩いた。1日目に勝海舟も一服したという小糸家第13代目の庭園だった的石御茶屋(庭園)まで歩いた。その日はJR赤川駅から阿蘇駅まで移動し、宿泊費が安い阿蘇ユースホステルに宿泊した。
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的石御茶屋(庭園)
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阿蘇ユースホステル

 9時に就寝。翌朝早く起きて「どうせやることがないのなら、早く出て出発地近くに『ジョイフル』があったから、そこで明るくなるまで時間調整すればよいと判断した。
翌日、阿蘇ユースホステルを午前5時15分に出発。JR阿蘇駅始発5時35分で赤川駅に移動。昨日見かけたジョイフルの灯はなく、営業時間は10時からだった。これは予想外だ。仕方なく真っ暗闇の中を前回歩いたところ、的石まで歩く。石畳まで100mの表示板に促され、6時20分に到着。暗くて皆目わからない。正面に白い表示板らしいものが見える。
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暗がりに石畳
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前方に看板らしきもの・・・

 暗がりに白い看板が見えたので、撮影・・・。せめて石畳とこの表示板の写真を撮ろうと近づきシャッターを押す。突然、ズン!と体が浮いた。「何だ!なんだ!」と叫んだ!1.6mの穴か、いや橋の側溝に落ちたらしい!右の膝と右の肘を打ったらしい。水がなかったのが幸いだ。この暗がりで石畳を歩くのは無理と判断。怪我の様子が分からず、腰を痛めたかも知れないので、旧道を諦め人や車が多い車道を歩いて二重峠に出ることにした。あの側溝の底でもし気絶でもし、誰にも気づかれなければ・・・・と思うとぞっとする。

 2002年10月5~6日に歩いた「中山道六十九次を歩くー和田から下諏訪まで」の事件を思い出した。当時の記録を掘り起こすと「西の餅屋に出る。ガイドでは、その先は国道を歩くほうが無難、と書いてあったが、その入り口に通行止めの表示がなかったので、そのまま入ってしまうことで、地獄を見ることになる。沢に沿って歩くが、次第に道が細くなり、ついに消えてしまった。右手上にビーナスラインが見えているので、上っていくと、道路までの高さが2mはあって手が届かず、上れない。左手は沢への絶壁、道路に沿って這いながら移動し、ようやく高さ1.5mまでのところに来る。ガードレールの支柱に二股の枝を通して、それを頼りにようやく道路上によじ登って9時40分、生還した。腰痛の痛みどころではなかった。以後は懲りて、国道をもくもく歩く」

 その後、九十九折りの車道を歩き、7時20分に二重峠(標高663m)に到着。ここからの阿蘇連山の日の出前の眺めは素晴らしい。
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二重峠(標高663m)

 後ろの山側には風車が三基。339と23号線の交差点で「石畳1.1㎞」とあるのでそこまで行く。「二重峠三重峠西南の役」碑がある。幅二間(約4m)の標高差225mの石畳道が約1.6㎞続いている。ここからは339号線を歩く。六里木跡に出るまで迷いに迷った。清正公道を通過して、11時25分に五里木跡碑に着くまで、3時間かかったことになる。450年前、合志一族が守る東獄城(現日吉神社)の下に人々が住み始めた頃の大津草創時代、「椋天神」が氏神様「日吉神社古宮」、縦15×横10×高さ30㎝の石柱「御茶屋跡北側の馬繋ぎ」、「手永会所跡(細川藩の役所」碑を通過して
「大津町歴史伝統館」で休憩する。JR肥後大津へ向かう途中、食事処「遊楽」での昼食後、熊本発特急バス(2700円)の肥後大津13時58分発に乗車し、大分まで戻る。腰の違和感をずっと持ちながらの歩きだったが、何とか体が持ってくれた。

 翌日目が覚め、左右に寝返ったり、ベットから降りるときに激痛が走った。起き上がりしばらくすると痛みはなくなる。老齢化で時間がたつと打撲の痛みが出たか?と一応整形外科に行ってみようと徒歩2分のところにある星野整形外科で診察を受けた。直ぐに腰部のレントゲンを撮る。診察はなんと「十二胸骨骨折だな。コルセットを作る手配をしましょう」だった。「えっ本当かよ!」という心境だ。胸部の下の方、でも痛いのは右腰だよ・・・・。20分ほど待ってコルセットの型を取り、痛み止めの薬をいただいて帰宅した。

 インターネットで「十二胸椎骨折」を調べると、新しい手術のできる病院として自宅から徒歩15分の所にある「大分整形外科病院」が紹介されていた。念のためその病院にも診察に出かけた。同じ診察結果だった。念のためMRI検査を1月27日にすることになった。コルセットをしてできるだけ前かがみにならないこと、重いものを持たないことの注意を受けた。
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胸椎骨折用に石膏で装具を作る。


 振り返ってみると不注意や準備不足からこうした結果を導いたと言わざるを得ない。「せっかくここまで来たのだから・・・」とか「まあ、何とかなるだろう」というその時の甘い自分の都合のよい誘惑に負けてしまった。そのつけはとても大きかった。その後、医師からは、「胸椎骨折の部分がすこし曲がって固定したので、就寝時など腰を横にした時に慣れるまでずっと痛みがあるだろう」と言われた。身長が1センチ短くなり、医師の言われた通り、毎日の就寝時に2分ほどの痛みが今でも取れない。人間、痛みを感じないと反省しないものだ。今のところ、歩くことができるのが救いだが・・・。

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老後の過ごし方の検討を始める・・・。終末を描いた演劇「野の花ものがたり」観劇! [東京・青梅周辺]

老後の過ごし方の検討を始める・・・。終末を描いた演劇「野の花ものがたり」観劇!
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ボケません私の老後!金森 達 画

 2017年2月7日、新聞のプレゼントコーナーで観劇の応募をして、劇団民藝公演「野の花ものがたり」(一般6300円・夜4200円)1名分が当選した。新宿の紀伊国屋サザンシアターでの公演で、青梅の自宅から交通費が片道800円はかかるので、この日に都内での用事を作っていくのが私の流儀。
有楽町の東京交通会館で各県の「ふるさと回帰支援センター」へ行くことにした。オーストラリアに住む次女から「そろそろ老後を考えて、介護や医療費などの負担を優遇している自治体へ転居することを考えたらどうか?」と言われていたので、勉強をしに行こうと思った。青梅市は昔から保守的な地域で、高齢者や子育て世代に対する配慮がなく、周辺の住民にとって良い行政施策を見習うという姿勢が首長、議会、職員ともみられないので、私もいい加減プッツン切れて「もう我らの身を守るために行政を選ぶ時代だ!」と青梅市を見放す覚悟をする時かと思えてきた。
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梅さくら 金森達 画

 私は転居するなら暖かいところで、温泉があるところと思っていて、とりあえずお試し滞在か移住をしてみようと・・・。「旧街道歩き」をライフワークとする身では、四国お遍路さんもいいなと最初の対象県は、徳島県にして東京交通会館の8階へ。ここで相談に乗っていただいたのが、NPO法人ふるさと回帰支援センター・徳島県移住コンシェルジュの斎藤真弓さん。彼女は若く美しい人で、話も快活でてきぱき。
○妻の内諾は得られていないので、とりあえずお試し滞在であること。○四国お遍路の徳島県内を歩き通す、中継点として1~2週間過ごせるところ。○賃貸が激安で、アクセスが朝・夕方バス路線があるところ。○自然環境に恵まれ、できれば海も眺められるところ。という条件で探していただいた。
施設面で把握しているおすすめは、阿南市、勝浦町、美馬市の三か所。徳島お遍路のアクセスや施設の面で、勝浦郡勝浦町の「田舎トライハウス坂本家」に目が留まった。平成26年12月オープンのお試し定住施設で、2泊3日~3か月間、移住希望者に貸し出すシェアハウスだ。ここに滞在中に、「農業・田舎暮らし体験」、「町を知る・徳島を知る」、「仕事探し」、「空きや探し」をするのだ。
ここならバスで徳島市街地や、JR牟岐線の駅へ出られる。お遍路の徳島県内の寺巡りをつなぐにはここを起点にできそうだ。何といっても利用料金が魅力だ。
☆坂本家利用料金       ☆寝具レンタル料金
1週間6泊まで  4,000円   1~10日以内  1,080円
2週間13泊まで  8,000円   11~20日以内  2,160円
3週間20泊まで 12,000円   21~1か月以内 3,240円
1か月30泊まで 15,000円
※賃貸目的がお試し定住住宅なので、適切な目的なのかの審査がある。
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 以上の相談と資料をいただいて、新宿の紀伊国屋サザンシアター7階へ向かう。
18時30分の公演で、チケットの引き換えを済ませて、席は9列の3番へ。
 「野の花ものがたり」は、鳥取の総合病院勤務医だった徳丸進医師は長年の夢だった小さな町中に“23時間あらゆる患者さんに対応します”との売り文句で「野の花診療所」を開設した。助けてほしいと訴える人々や患者の望むことは何でもしてあげる、そんな場所にしたいと医師やスタッフが奮闘する。花を生けるおばさんや掃除をしに来るお兄さんも末期患者の一人。いろいろな事情を抱える患者や家族たちを優しく寄り添うことで優しい終末を迎える・・・。お地蔵さんの前掛けを縫っていたおばあさんがかつていつもしていたお地蔵さんの頭をなでなでしたいという願いにもスタッフがかなえてしまう。
 患者の家族によるトロイメライのピアノ演奏にもジーンとくる。
 人の死は本当に終着駅なのか。死は悪者なのか、あってはならないものなのか・・・を医師は問い続ける。死は誰にでもくる・・・と医師は自問する。
この映画を見終えて、なぜかほっこりする安らいだ気分になれた。私も終末はこうしたスタッフに囲まれた診療所で過ごしたいと思う。

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レオンのパラドールでガラスドアに顔面激突! [旧街道を歩く]

レオンのパラドールでガラスドアに顔面激突!
                  スペイン「聖地サンテイアゴ巡礼」の旅 レオンの 7月7日
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レオンのパラドール、サン・マルコス修道院を改修した中庭

巡礼の19日目・7月6日、Mansilla De Las Mulas(マンシージャ・デ・ラス・ムラス)のアルベルゲ(巡礼者の宿泊施設)の宿泊。何日か同じペースで歩いた仲間から、「ジャパニーズフーズを食べたい」との要望で私が日本の俄かシェフになり、八百屋から仕入れた鯛や海老の塩焼きなどの調理をして14人の異国人が卓を囲んだ。7~8カ国人参加のディナーという異次元の体験でビールやワインをしこたま飲みすぎ酔ってしまい、耳栓をせずに寝込んでしまった。深夜隣の男の鼾で目を覚ます。耳栓の場所を探せず、朝まで寝られなかった。
 7月7日、アルベルゲをいつも通り6時に出た。今回の巡礼で、レオンとサンティアゴにあるスペイン国営のパラドール二か所に泊まるのが目標だった。前日、オーストラリア・ゴールドコーストに住む次女の薫に宿ネット予約をお願いしていた。Parador de Leónは、55歳以上のゴールデンライズは通常現地予約で165.20ユーロだったが、スマートセール(Booking.comネット予約)ツインルーム2名分朝食付き100ユーロで予約できた。サイトのホテル説明は、以下のようだった。「Parador de Leónは、印象的な16世紀のサンマルコス修道院内にあり、全パラドール中、最大かつ最も荘厳・華麗なパラドールと言えます。16世紀に建設が始まり、2世紀かけて建造された病院兼修道院で、サンプレスコ様式(16世紀のスペインルネッサンス様式でゴシック建築の構造体にルネッサンス様式をほど顔した)の装飾が施された、長さ100mにもおよぶ外観は圧巻です。回廊や教会など当時の姿を残す一方、客室や館内は注意深く念入りに改修され、美術品で見事に飾られています。パラドール一美しいと言われる玄関ロビー、風格あるサロン、回廊を見下ろすスイートルームなど、このパラドールで一夜を過ごすのは最高の贅沢と言えるでしょう。 夜になると、パラドールと前に広がるサン・マルコス広場がライトアップされ、幻想的な姿が浮かび上がります。パラドールとは、古城や貴族・領主の館、あるいは由緒ある修道院を一流ホテルに整備したホテルチェーンで1928年から始まり、現在93か所ある。

 今回の巡礼の旅で、カードは持参せず、日本で契約したNEO MANEYにお金を入金して現地の通貨で下ろせる仕組みを利用した。当初1ユーロは100円くらいと予想していたのが120円を超えたことに気づき、この先予算が厳しいので、娘に宿の予約は娘のカードで事前支払いをお願いしていた。
8時24分にアルカウエハ着、10時に国道を横断する歩道橋を渡ると前方に大きなレオンの街が見えてくる。途中何日か一緒に歩いていた28歳のアメリカ人高校教師で日本語を話すジェームスと合流し10時45分にかつての城壁が遺る城塞内へ入る。サンタ・マリア教会を過ぎ、開いて間もないパブでランチを食べる。ミックスサラダと鱒のムニエルとポテト、デザートにパイナップル。
 Parador de Leónは、ツインで二名分の朝食付きなので、ジェームスか67歳の韓国人元校長のキムのどちらかを誘おうと思っていたが、やはり静かに気を遣わずに寝たいという「我欲」が勝り二人には黙っていた。
アルベルゲに行くジェームスと別れ、私はガウデイが設計したカサ・デ・ロス・ボデイーネス(今は銀行、土曜日なので閉館)右折してレグラ広場のカテドラルに行く。サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂、ブルゴスのカテドラルに並んでスペインの三大カテドラルに数えられている。12時のミサが始まるので入場を止めようとしている隙に入ることが出来た。レオン大聖堂の内部の広さが凄い。735点もあるステンドグラス・バラ窓も素晴らしい。
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ガウデイが設計したカサ・デ・ロス・ボデイーネス
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レオン大聖堂

 仔羊の門、許しの門で知られるイシドロ教会ではミサが始まっており途中まで参列した。前にいる6人家族のふまじめな態度に驚く。おしゃべりはする、女の子二人は背くらべ 、男の子は母親の髪をいじって遊んでいて母親は止めようともしない。
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イシドロ教会

 レオン・カテドラル前のカルボ・ソテロ広場を挟んだ今日宿泊するサン・マルコス修道院にいく。
 サン・マルコ修道院は、レオンの旧市街、新市街を分けるベルネスガ川に面している。100mもある壮大な建築物で、祭壇はカテドナルを見た後なので地味に感じた。1530年に建設工事が始まり、16~18世紀にかけての建築技術の粋を集めて18世紀に完成した。当初、サンティアゴ騎士団がサンティアゴに向かう巡礼者のために救護院として建てられた。後に修道院に代わり、国営パラドールとして1964年にオープンした。
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 「レオン城塞の博物館」の展示場になっている場所へいった。入場料が0.60ユーロだったが、巡礼者なので無料だった。柩のような石箱で古いのは973年、978年、13~14世紀のものは彫りが凝っているもの。3世紀の石版だろうか、かすかに動物の描かれたものもあった。中庭の四方の回廊が素晴らしい。ここに今日泊まるのだ。博物館に泊まるようなものだ。
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回廊
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中庭

 それからチエックイン。一階は建設当時の雰囲気が残る回廊と中庭、奥には付属教会がある。パラドールのもっとも古い建物は、司教座聖堂参事会の会議場として使われたという天井の高い黄金の細かい細工の部屋、サロンとして使われている。重厚な朱色の絨毯が敷かれた2階への階段を上って周囲や中庭を見下ろしたとき、古い建築物や美術品、調度品の数々に背筋がゾクッとした。豊富な絵画などは当時の貴族が有名な画家に描かせたものを寄進したものなのだろう。中世の雰囲気を感じたくて、教会や1、3階の回廊には何度訪ねてみた。2階フロアの214号室は、ツインベッドで調度品も古い。ドアの鍵は昔のまま。でもバストイレ付きで20日ぶりにたっぷりと湯を満たした浴槽にありつけた。極楽極楽だ。
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2階フロアの214号室
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サロンとサロンの天井

 ネットの口コミ情報で「外観や歴史はともかく部屋はごく普通の部屋でがっかりされるかも知れない」とあったが、20日間アルベルゲの2段ベッドですごした私にとっては極上の部屋に感じられる。夕食はまだ日が沈まない8時過ぎに外へ出て中華料理展示場「長城飯店」でミックスサラダ、日本風の五目焼きそばにビール。焼きそばは美味。

 巡礼21日目の7月8日、レオンのサン・マルコス修道院のパラドール・デ・レオンで朝食を7時30分に食べ、8時に出発予定。4時に目が覚め、タブレットに自炊したスペインの書籍をひもとく。歴史が11~13世紀の歴史的な話が満載でその後を追っての観光は無理と知る。小都市でも中世の建物を利用した巡礼宿が50ユーロほどで利用できることも知ったのでたまには挑戦したい。全身全霊でまだ誰もいない中世中庭の香を楽しんでみる。回廊は上下二層に分かれ、階下は緑の中庭を囲み、聖者や巡礼者の像、この地で発掘されたローマ時代の石棺が置かれている。
拙句 「中世の回廊飛びし夏ツバメ」「中世の回廊夜明け夏ツバメ」

 7時30分、二階のレストランで朝食をとるが内容の豊富さに驚く。流石に五つ星ホテルだ。サラダは無かったがその分フルーツが豊富で、ハムは五種類もあったか、レオンの名物だとかの牛の乾燥した硬いハム(セシーナ・バカCECIN de VACA)というのはこれか。チーズの一角に小皿に入った羊の青カビチーズも美味しかった。冷やされたシャンパンもあり、すこし飲んでみた。
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 食後最後の見納めと三階から中庭を眺望する写真を撮影後、一階フロアに戻ろうとしてガラスドアに頭から激突した。開いていると思って顔面から突っ込んだのだ。眼鏡が歪み、メガネの一部が眼球の左側にめり込んだ。血が床に滴り落ちた。どの程度の傷か分からなかった。またたまポケットに入れていたガーゼで患部を左手で抑えフロントに駆け込んだ。「怪我をしたので消毒液と包帯を頼む」と身振りで接した。だが彼らはスペイン語しか話せず要領が得ない。「救急車を呼んだほうがいい」と相談している素振り。仕方なくオーストラリアにいる娘に電話で助けを求めて彼らに通訳を頼んだ。ようやく英語を話せる人が来て、消毒液を塗りガーゼで止めてもらった。部屋に戻り、そっと傷口を見ると眼鏡の左角を強くぶつけたようだ。包帯の仕方が余りにも大袈裟なので自宅から持参した万能薬「月のしずく・神秘の水」を傷口にスプレーして絆創膏を貼り直した。というわけで出発が8時30分になった。顔なじみの何人かの巡礼者からは、「その顔はどうしたんだ?」と気遣いの言葉をかけていただいた。35日簡にわたる巡礼道800㎞の歩きで、最大の危機一髪の数時間だった。

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