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北国街道を歩く 神代宿から牟礼宿、柏原宿、野尻宿へ  2016.8.27 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 神代宿から牟礼宿、柏原宿、野尻宿へ  2016.8.27
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柏原宿の明治21年築のふじのや旅館に泊まる

8月27日(土)小雨の神代宿をポンチョ着て6時25分に出発。白塀から乗り超えて、紫色の朝顔を咲かせているのを新鮮に映った。観音堂をカーブで左折し、登り坂を行く。神代坂の大石上に仏像が。
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観音堂
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神代坂

さらに傾斜に植えられたリンゴ畑の多い登りが続く。北国街道の表示板が入り口にあっても、その先のY字路でどちらに行くのかが分からず、方角で決めてしばらく行って不安になり、また元の道まで戻ることがあった。
7時42分、白坂峠一里塚。かつては道を挟んで両側に土饅頭形の塚が築かれていたが、道路の拡幅工事で削られた。
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白坂峠一里塚
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 平出への表示に従い、8時15分県道60号線、荒瀬原線飯綱町平出へ出る。
「三本松」信号角セブンイレブンでサンドイッチとコーヒーを購入、小雨に中歩きながら食べる。三本松は、一茶が江戸へ奉公に行くとき父が柏原から牟礼まで見送ってくれた地で、「父ありて明ぼの見たし青田原」の句碑がある。
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三本松

 8時37分、右手へ旧道、高さ18m、幹回り2.9mのエノ木塚が残る四ッ屋一里塚。拙句「リンゴの木枝撓るるや母の腕」
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8時52分、牟礼に入り旧道右手に「中生門」、牟礼宿鎌問屋か?幕末の建築で本うだつのある旧家屋山本宅、すぐ左に牟礼神社。證念寺を左折、上り口に閻魔王などを祀る十王堂。冥途の十人の裁判官だ。
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十王堂
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観音寺

9時37分、佐渡の金銀を江戸へ送る中継地だった金附場跡。この辺り、売地の広告が多し。拙句「里山の売地の多し大胡桃」小玉の先、18号線を北へ横断する。後に新道と古道の分岐を右折し、古道へ。
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金附場跡
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観音平

 すぐ新道に合流し、「右牟礼役場へ2.1㎞、左野尻湖公民館9.6㎞」の表示板。すぐに「小玉坂一里塚跡」傍らに上杉謙信馬留清水が湧き茶屋があった。
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10時40分、峠を下ると落影集落、一面蕎麦の花で明るくなる。池中開田祈念碑、続いて落影立場の家がある。11時05分、小古間集落の大悲恋、ふくよかな六地蔵、延命地蔵尊を見る。
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ふくよかな六地蔵

11時22分、古間一里塚へ。文政4年(1821年)松の木が倒木、人馬圧死とある。一茶の句碑。
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 11時30分、古間宿本陣跡、諏訪神社、一茶最古の句碑「松陰に寝て喰ふ六十余州かな」文政の大火で居宅を失い焼け残りの土蔵の一茶旧宅と句碑「門の木も先ずつつがなし夕涼み」、一茶旧宅の敷地内に子孫が住んだ一茶屋。石灯篭と切り石が残る柏原宿本陣跡。
対面にある明専寺には有名な句碑「我と来て遊べや親のない雀」がある。
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古間宿本陣跡
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諏訪神社
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 食事場所を訪ね歩いて、開いていれば黒姫駅前のラーメン屋くらいと聞き直行する。本日宿泊のふじのやは、真向いだった。地元の人も来るラーメン屋で混雑していた。
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ふじのや旅館

12時35分、ふじのや旅館にチェックインし、荷を置き野尻湖から黒姫駅へ戻る16時20分発の時間(200円)を確認してから、13時30分に歩き始める。ずっと国道18号線の下り坂。上信越道を越してから、14時15分、国道両側に一対の塚が残る野尻一里塚に。
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野尻一里塚

「ナウマンゾウ発掘地」信号の先を右折のつもりが、道が分からず次の信号、ナウマンゾウノモニュメントがあるまで行きすぎてしまった。右折して野尻湖畔へ。遊覧船乗り場前がバス乗り場というので、しばらく時間調整で待つ。小雨で霞がかり湖面が見えないのに、遊覧船乗り場には大勢の観光客で待つ人が多い。
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野尻湖畔

 野尻宿本陣跡が不明で、明日に立ち寄ることにして、バスで黒姫駅へ戻る。ふじのやへ入室し、まず洗濯し、干し物は2階の縁側へ干させてもらった。「ふじのや」は屋号で、正式名は「藤野屋旅館」明治21年、初代小林嘉七により割烹料理屋創業。二代目の小林由三郎が旅館業を始める。三代目の小林嘉左エ門が現旧館の「藤野屋旅館本館」を建設。四代目小林隆太郎をえて五代目小林隆信氏が「はなれ」を昭和44年に増築し、現在に至っている。本館は国登録有形文化財になっている。本館は宿泊が認められず、私の部屋ははなれの8畳の菊の間。
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創業当時の写真
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二階大広間・汚れ防止のためゴザで覆っている
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創業当時のままの二階の部屋
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本館の二階階段
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離れの二間に泊まる

夕食は真向いの蕎麦屋で「ミニ天丼と盛り蕎麦」と燗酒をいただいた。小付けに間違えたらしい馬刺しが来てとんだ贈り物。店内には一茶の短冊句が飾られ、流石に一茶の故郷だ。ふじのやに隣接する酒屋で、明日の朝食用パンと夜のつまみと冷酒真澄を購入。部屋に戻ると部屋にりんごとトウモロコシが差し入れされていた。ありがたい。
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牟礼宿へは7.9㎞、柏原宿へ7.9㎞、野尻宿へ3.9㎞合計19.9㎞

☆旅と温泉の情報室 http://www.a-spa.co.jp/
☆旧街道を歩く旅 http://www.a-spa.co.jp/tabi/nikko/index.html
☆海外温泉入浴珍道中 http://www.a-spa.co.jp/junyoku/matsuno.htm
☆旅と温泉の思い出ショップ http://aaspa.web.fc2.com/shop/
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 http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2014-02-01

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