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旧街道歩き閑話 10. 江戸時代の旅の携帯品のはなし [旧街道を歩く]

旧街道歩き閑話 10. 江戸時代の旅の携帯品のはなし
道中旅のケイタイ品.jpg
画 金森 達

 江戸時代の旅は、ふたたび故郷に戻れぬかもしれないと覚悟をきめるほど交通路の難渋さと道中の危険が待ち構えていた。それらの困難や危険を少しでも予防するための努力がされていた。明和年間(1764~72年)ごろに発行された「細見道中記」では、矢立・扇子・糸・針・懐中鏡・日記手帳・櫛・鬢付け油・提灯・蝋燭・火付け道具・付け木・麻綱・印判・手拭・(別に湯手拭)・鼻紙・道中記・大財布・小財布・巾着・刺刀(さすが・細工用の小刀)・耳かき・錐・小算盤・風呂敷(大・小)・薬・合羽・笠など三十数点の必携品を紹介している。この他に衣類や脚絆・足袋と草鞋・弁当・脇差・煙草道具も必要だろう。実に沢山の品々を持ち歩いたものだ。草鞋は3日で1足履きつぶし宿場で必ず調達していた。町人でも護身用に道中脇差を持つことを許されていたが、普段持ちなれないので重くて歩くのに邪魔で、持たない場合が多かったという。刺刀(さすが)は本来、戦で組討のときに敵の首を取る担当だが、金入れに使ったという。柄を握って抜こうとすると刀身がなくて鞘の中は空っぽで、そこに小判や小粒金をつめていた。財布は大・小・巾着と三種類を持ち、腹巻や首からつるす、腰につるすなど分けて保管していた。お金の隠し方には驚かされる。ふんどしの紐の部分に粒銀を入れたり、着物の襟の中へ縫い込んで隠していた。旅先で高額の紙幣はほとんど使えないので、細かく両替して粒銀で持ち運ぶ必要があった。泥棒やすり対策に昔も今も金の保管場所の苦労は同じようだ。旅商人は木枕を持参していたが、中には引き出しがあり、仕切りがいくつもあり算盤・櫛・鏡・組み立ての提灯などがコンパクトに収められていた。旅籠屋では仕切りのない同宿も珍しくなかったので、貴重品の管理に相当気を使わなければならなかった。

小冊子「旅行用心集」が発行され、そこには旅の心得、道中のトラブルの対処法、疲労回復処方、毒虫毒草の注意、ゴマの灰(道中のスリ)対策などが書かれていた。文化7年、江戸の須原屋から「旅行用心集」が出版された。この集の心得に「温泉宿では刀がさびるから注意せよ」「便秘のままで馬に乗るな」「すきっ腹で風呂に入るな」というものもあった。 時代物映画や漫画での旅人の装いは、そんなに重いものを持ち運んでいるようには見えなかったが、改めて調べてみると大変な荷物を持参していたのだ。松尾芭蕉は、荷物が重くなるのが一番にいやだったらしく、近江彦根藩士森川許六によって描かれた「芭蕉行脚図」では頭巾をかぶり黒染めの僧衣をきた軽装である。軽くて保温に優れた紙で作った衣料・紙衾(かみぶすま)を重用していた。同道の曾良の荷にしても2人分にはとても見えない。俳諧先で接待されているので、芭蕉の旅姿は参考にならないのかもしれない。

参考文献「一日江戸人」杉浦日向子著 小学館文庫、「日本の街道もの知り辞典」児玉幸多監修 主婦と生活社、「芭蕉はどんな旅をしたのか」金森敦子著 昌文社など。

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