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第52回奥の細道を歩く 関ヶ原~垂井~ついに終点の大垣 2011.3.05~07 [奥の細道を歩く]

第52回奥の細道を歩く 関ヶ原~垂井~ついに終点の大垣 2011.3.05~07
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大垣城から見下ろす・・・ついに最終地点

 前回は2010年9月以来半年振りの歩きとなる。思えば、一昨年末に前立腺肥大症、膀胱頚部硬化症で入院手術をし、その後も膀胱結石手術、尿道狭窄手術と続き昨年は4回しか歩くことができなかった。ようやく体調も回復し、まる5年かかっての終点・大垣を迎えることになる。5年間に運動靴は2回履き替えた。2,400km歩き通した割にはよく2足でもったなと思うが・・・。「芭蕉追い 五年二足の 朧月(おぼろづき)」

 2011年3月05日(土)、新宿西口ハルク前から名鉄岐阜駅行きのハイウェイバスに乗る。名鉄岐阜駅には6時05分着、JR岐阜駅に乗り換えてJR関が原駅へ。ここで大変な失態に気付く。「デジカメを忘れてしまった!」充電器は持ってきたのに・・。絶句である。52回の奥の細道歩きで始めてだ。ハイウエィバスに乗り遅れて自宅に帰ったという大失態もあったが。前回歩いた秋季には伊吹山行きのバスがあったが、今の時期は路線バスの便がなく、タクシーで前回の到着地点である「伊吹山ハイウエイ入り口」バス停「玉」まで行く。カメラは、コンビ二で使い捨てカメラを調達した。「玉」は、美濃に入っての最初の集落で、ここから関ヶ原宿までは約3km。中山道関ヶ原宿は、かつて「旧中山道を歩く旅」で2005年5月13日に訪れている。

 7時に出発し、国道21号線関ヶ原バイパスを交差して旧道に入る。すぐ小屋かけの馬頭観音、三面お不動様のようだが・・・。気温が低く、ペットボトルの水が温く感じる。伊吹山の南側には雪がなく、北側は白い雪で覆われている。しばらく歩くと左手丘に、関ヶ原合戦の跡を知らせる旗がたなびいている。「西軍石田光成陣の跡」や「関ヶ原決戦地の碑」に立ち寄る。田畑にはペットボトルの空き容器を利用した鳥よけのペットが林立している。あたかも合戦の旗がたなびいているように見える。「耕しや 鳥よけペット 旗のごと」(関ヶ原にて)この周辺で8万8千人対8万6千人の兵士の決戦が行われたとは・・・。芭蕉はここでどのような思いを感じたのか?南下してすぐ、東首塚を経由して、中山道脇本陣を通過。
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前回の到着地点「玉」

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関ヶ原決戦地の碑

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東首塚

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旧中山道脇本陣跡

 8時02分、旧道松並木に入る。右手に家康最初陣跡の旗が見える。30分後、南側の一基だけが残る垂井一里塚に出る。東海道本線の踏切を渡り、しばらく行くと八尺地蔵尊のある「西の見附と広重の絵」の標識がある。芭蕉が住職の規外を訪ねて本龍寺に冬籠りをし、「作り木の庭をいさめるしぐれ哉」の句を詠んだ。文化6年(1809年)建立の句碑がある。県道215号線で、赤坂宿へ向かう旧中山道と美濃路に分かれる「追分」の美濃路へ向かう。宝永6年(1609年)垂井宿問屋奥山文左衛門が建立した中山道で7番目に古い道標。ユニチカそばの美濃路松並木を過ぎて、ようやく大垣市へ。
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松並木

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垂井一里塚

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西の見附

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芭蕉が冬籠りをした本龍寺

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芭蕉句碑

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追分道標

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美濃の松並木

 10時52分、愛宕神社に隣接した正覚寺の「芭蕉塚」「史跡 芭蕉・木因遺跡」に立ち寄る。元禄7年(1694年)芭蕉が大阪で病没すると大垣俳人・如行らが深く悼み路通筆の「芭蕉翁追悼碑」を、また木因の死後、芭蕉と木因の親交を偲び木因碑を建て「芭蕉・木因遺跡」とした。
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正覚寺の芭蕉塚

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正覚寺「芭蕉・木因遺跡」

 北上して、大垣藩主戸田家廟所である円通寺の句碑「こもり居て木の実拾八はや」に出会う。水門川の流れにたゆたう緑色の大きな藻が美しい。
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円通寺の句碑

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水門川の流れ

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八幡神社

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大垣の湧水

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駅前通りの居酒屋「飲食空間 芭蕉」

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動くうさぎの餅つき「餅惣」

八幡神社入り口に冬ごもり塚「折々に伊吹をみては冬こもり」「大垣の湧水」を汲みに来る人が続く。私も一句「翁を追い柿菓食らふや梅香かな」駅前通りに居酒屋「飲食空間 芭蕉」を見つけた。芭蕉を追い最後の大垣にふさわしい思い出の食事をと考えていたところだ。ランチは700円で、生姜焼き、豚カツ、秋刀魚塩焼き、コロッケ、うどんなど14種から2種をチョイスできるボリューム満点のランチ。とても寒かったので熱燗を一本追加。午後はレンタサイクルで市内を回ることにした。「大垣観光物産所」でレンタサイクルを無料で借りる際、女性職員が「主人が昔旧中山道を歩いたのに、リタイアすると何も運動せずに太ってしまった」と嘆いていたので、「又、旧街道歩きに挑戦して~!」とエールを伝言するようお願いした。
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美濃路の老舗和菓子屋「つちや」

 まず「奥の細道 むすびの地記念館」前の観光案内所に立ち寄る。自らドイツに留学した経験があるという女性職員とひと談議。現代の若者気質の話から、やはり「可愛い子には旅をさせよ」との結論を得て、「記念館」へ。「記念館」には大垣俳壇の先駆者・谷木因との交流の資料が豊富で、芭蕉再会の場面が展示されている。旧美濃路の古建築に魅せられて立ち寄ったところが、老舗の和菓子屋の柿洋羊羹で有名な宝暦5年(1755年)創業の「つちや」竹包みの容器の柿羊羹は、昔からの伝統の味だという。お茶と一緒にサービスでいただいたので、つい購入してしまった。
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「奥の細道 むすびの地記念館」(パンフレット)

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内部(パンフレット)

最後は大垣城に登城してみる。昭和20年7月に消失するまで現存していたとは驚いた。昭和34年に鉄筋造りで天守閣が再建された。体験用の槍、弓、鉄砲が展示されており面白い。

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大垣城

 市内東へ1km行ったところにショッピングストア、パチンコ、ゲームセンター、ボーリング場、映画館などがある「大垣コロナワールド」があり、その一角に2006年12月オープンの日帰り入浴施設「天然温泉コロナの湯」がある。通常は800円のところが謝恩サービス期間中で、なんと300円だった。地下から湧出する泉温62度の単純温泉。内風呂に白湯とかかれた源泉の湯船が二つ、ジェット風呂、露天風呂には、岩風呂の他に桧炭酸風呂、壷湯、木化石風呂がある。桧炭酸風呂に入ると肌に水泡が沢山ついてくる。人工的に作られたものだ。いかにも血圧や心臓病に効きそうだ。この温泉はとくに肌がすべすべになるというのではない。全ての浴槽は、循環・塩素殺菌になる。
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「大垣コロナワールド」の「天然温泉コロナの湯」

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露天風呂(パンフレット)

本日の宿は、養老温泉「ゆせんの里 ホテルなでしこ」JR東海道本線大垣駅から車で20分。宿のシャトルバスが無料送迎している。大垣駅前を16時10分発。

 ホテルなでしこ「みのり乃湯」は、各種内風呂と養老山脈を望む開放的な露天風呂。地下約1700mから1日800トンという豊富な湯が湧き出て、泉温が42度のカルシウム・ナトリウム塩化物泉。源泉掛け流しの湯船で循環・塩素殺菌がなく塩素臭がないのがうれしい。サウナ、韓国伝統の赤外線ドームサウナ・養老汗蒸幕、岩盤浴もある。隣接して、水中運動浴場・温水プールがある天然温泉「バーデンゾーンささら」は、水着着用での歩行浴、圧注浴、打たせ湯、水風呂、薬草蒸し湯などさまざまなスパが楽しめる。詳しくは、「療養温泉突撃取材シリーズ」として後に紹介したい。
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養老温泉ホテルなでしこ

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南欧風の中庭

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自慢の養老汗蒸幕

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露天風呂(パンフレット)

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天然温泉「バーデンゾーンささら」

 翌日、大垣市内に戻り、レンタサイクルで中山道赤坂宿を訪ねることにした。芭蕉は元禄2年(1689年)秋に二週間滞在して立ち寄った赤坂の法泉寺、虚空蔵菩薩で有名な明星輪寺に向かった。住吉燈台と船町港跡は、旧中山道を歩いた時(2005年5月13日)の記憶を呼び戻して懐かしい。
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住吉燈台と船町港跡

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美しい古い建物が残されている

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赤坂の宿

 法泉寺の前に藤棚があり、その中に芭蕉句碑「草臥てやとかる頃や藤の花」がある。
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法泉寺

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入り口に藤棚のなかに芭蕉句碑

旧道に戻り、金生山(通称虚空蔵山)に鎮座する虚空蔵さん明星輪寺へ上る。レンタサイクルを押してのこの長い急坂が辛い。ただ、帰りは楽だぞ~!の一心で耐える。この一山全体が明星輪寺のようで、旧参道を右手にすすむとかつての茶屋跡が無残な姿で残っている。水仙や梅の花が咲いて香りを振りまいている。拙句「ひと山の虚空蔵参り春香かな」「赤帽の地蔵に匂う梅香かな」
本堂の手前に室町時代作の梵鐘が置かれている。明徳4年(1393年)の銘がある。山門手前左に芭蕉句碑「鳩のこえ身に入わたる岩と哉」本堂の内陣の奥に回って驚いた。岩屋になっていて岩窟の奥に虚空蔵本尊が祀られ、ここ三十数年も公開されていないという。本堂の上を仰ぐと石灰岩の奇岩が見える。大垣市名勝の岩巣公園で、ここから見下ろす大垣市内の夜景もすばらしいという。
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金生山明星輪寺への長い登り

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参道の途中にある数々の地蔵さん 

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室町時代の梵鐘

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本堂

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秘仏の御本尊(パンフレット)

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石灰岩の奇岩・岩巣公園

2006年1月12日に江戸・日本橋(旧日光街道)から歩き始め、2011年3月07日まで、5年2ヶ月。基本的に月に1回を目標にして延べ52回で約2,400kmの奥の細道を歩き繋いだことになる。突然の吹雪で長靴を購入して歩いたり、月山の山小屋の宿泊を断られたり、いくつもの危機を乗り越えて終点までたどり着いた感慨は大きい。さらに多くの方と出会い、助けられ、多くの感動を体感することができた。人間の体力の偉大さ、最初の一歩、こつこつ継続することの大事さを改めて知らされた思いだ。最終回にデジカメを忘れて、写真の質が落ちてしまったのがとても残念だが、それがまた後に強い思い出と残るのだろう。

第51回奥の細道を歩く 市橋・疋田~玄蕃尾城跡~木之本~関ヶ原
第50回奥の細道を歩く 今庄~木ノ芽峠~敦賀、色の浜、敦賀~市橋
 http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2010-07-22
第49回奥の細道を歩く 福井~鯖江~今庄、敦賀 その①
http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2010-03-26
第49回奥の細道を歩く 福井~鯖江~今庄、敦賀 その②
http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2010-03-23
第48回 奥の細道を歩く 大聖寺~天龍寺~永平寺~福井
http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2009-11-19
第47回 奥の細道を歩く 那谷寺~山中温泉~大聖寺
http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2009-10-23
冷え性対策に「遠赤外線 田口式健康サポーター」http://www.a-spa.co.jp/taguti/
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温泉巡浴紀行http://www.a-spa.co.jp/junyoku/index.html
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旧街道をあるく旅http://aaspa.web.fc2.com/index-tabi.html

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nano

地震の影響はありませんか?
ご家族のみなさまもご無事なら
何よりです 今後にもご注意ください
by nano (2011-03-13 18:24) 

sig

こんにちは。
大垣は行ったことがありますが、仕事だったので何も見ずに帰りました。
なかなか渋い街ですね。こういう雰囲気、いいですね。
by sig (2011-03-21 10:56) 

m_s

ついにやりましたね。おめでとうございます!!!
3年ばかり前から読んでいたのですが、去年あたりから体調のほうが思わしくないご様子で、心配していました。
私は海外に住んでいるので、なかなか気軽に訪日もできませんが、おととし立石寺と平泉に行きました。感激でした。
この次は永平寺に行ってみたいと思っています。
hide_mさんの次の挑戦はどこですか。
by m_s (2011-04-12 09:27) 

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