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温泉夜話 海外温泉巡浴のパターンのいろいろ・・・。新鮮でドキドキの体験を! [海外のはなし]

温泉夜話 海外温泉巡浴のパターンのいろいろ・・・。新鮮でドキドキの体験を!
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海外の温泉に入浴するために知恵を絞ります。最初はパッケージツアーを選ぶ時に、宿泊場所が温泉のあるホテルがあれば一番楽に入浴できます。カナダ、ハワイ島、台湾、韓国で体験しました。2001年1月に行った韓国ツアーで温陽温泉、儒城温泉に宿泊しました。かつて韓国の温泉ホテルは、夜8時には浴場や売店を閉めていましたが、日本の旅行業者の指導で、男女別浴室を完備し、営業時間を延長して日本人観光客誘致に成功したツアーの代表格です。ツアーの自由行動を利用する手もありました。2008年12月に中国、西安・華清池に行った時、華清池の観光後、わずか30分の自由時間で入浴挑戦しました。最高級浴室が一回880元(13,200円)、次が580元、一般浴槽がひとり128元、30元(450円)。一番安い30元の浴槽で入浴してきました。
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次いで、宿泊する予定の場所の近くに温泉地があり、路線バスやタクシーで行けるところ。これは相当範囲が広がります。2006年8月の中欧(ハンガリー・オーストリア・チェコ)旅行、ハンガリーのブタペストの宿泊時が該当します。2日目のツアーの出発前にタクシー移動で、6時開場のドナウ川畔に建つ1914~1918年築アールヌーボー様式ゲッレールト温泉へ。3日目の午後の自由行動では、ヨーロッパ最大規模のバロック宮殿建築のセーチェニ温泉へ。大温泉プールなど3つの大プールの他に水着着用の8か所の混浴浴槽、4か所の男女別裸浴槽があります。4日目は5時30分にタクシーでトルコ式温泉ルダッシュ温泉にふんどしを身に着けて入浴しました。

パッケージツアーで出かけて、温泉地が近い宿泊地前後で1~2日離団して温泉巡りをする方法があります。2015年2月にトルコ11日間ツアーに参加しました。ツアー中の温泉のある宿泊ホテルで入浴しましたが、タクシーで5分の所にある市営温泉「クリムズ・ス」に取材入浴してきました。石灰棚で有名なカムッパレ観光で、ギリシア時代の大理石がごろごろ倒れている遺跡露天風呂に自由時間内に入浴してきました。8時30分と時間が早かったせいか、入浴者は私一人貸切状態という感動的な時間でした。7日目に離団し、長距離バスに乗り、バスごとマルマラ湾を渡り、ブルサへ。1552年に建てられたイエニ・カプルジャ(新温泉)、14世紀に建てられたエスキ・カプルジャ(旧温泉)に入浴を果たしてきました。マレーシア、台湾でも経験しました。

温泉巡り目的の個人旅行で出かける方法もあります。台湾や韓国は何度も経験しました。2004年にタイ・チェンマイの温泉に行きました。事前にメールで車付きガイドをしていただける人を求めました。幸い、チェンマイで在住の日本人対象に地元紙を発行している日本人男性が応じてくれました。地元紙でたまたまチェンマイ近郊の温泉情報を取材していた方で、2日間で7か所の温泉取材と入浴ができました。1996年12月にロンドン・パリのスケルトンツアーに参加したこともあります。往復のエアーとホテルのみで8万円でした。ロンドン郊外のバースの温泉博物館に行き、あわよくば監視人の目を盗んで入浴しようとズボンの下に水着を着ていきましたが、飲泉のみ実現しました。パリ郊外のヴィシーへも列車移動で行きました。2012年4月に韓国・釜山郊外温泉巡りでは、空港から釜山への移動で、たまたま白タク運転手と出会い交渉し、1日2日貸切タクシー3万円で取材に行きました。東萊(トンネ)、釜谷(ブコク)、馬金山(マグサオン)、霊山(レサン)温泉入浴を果たしました。2011年9月には旧満州(東北部)の湯崗山、熊岳城温泉等に入浴し、湯崗山温泉では、ラストエンペラー溥儀が入浴したという龍宮温泉の浴槽「龍池」に入浴することもできました。

私の次女がオーストラリアのゴールドコーストに住んでいて、孫に毎年会いに行きます。その際、温泉巡りにゴールドコーストから、年によりメルボルンやニュージーランド、フィジーへ移動して温泉巡りの取材・入浴もしてきました。あらゆる海外旅行の機会を利用して、温泉巡りをしてきました。英語もろくに話せないのに、「温泉」にこだわり、現地の人々との交流もし、新鮮でドキドキの体験を数多くしてきました。是非皆さんもご自分の趣味に応じた「こだわり」を持って海外旅行を楽しんでいただきたいと思います。
豪州の温泉巡浴に挑戦!2013.4.26~5.9.jpg
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メルボルン・ペニンシュラ温泉

☆北国街道を歩く 軽井沢追分宿からの挑戦!http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2016-08-12
☆旅と温泉の情報室 http://www.a-spa.co.jp/
☆旧街道を歩く旅 http://www.a-spa.co.jp/tabi/nikko/index.html
☆海外温泉入浴珍道中 http://www.a-spa.co.jp/junyoku/matsuno.htm
☆旅と温泉の思い出ショップ http://aaspa.web.fc2.com/shop/
☆おんせん県おおいたで、生活費1ヶ月6~7万円で過ごせるか挑戦中!第2弾
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ブックスタマ「書店発!著書発掘プロジェクト」応募!潮凪道場に通う! [温泉マニア]

ブックスタマ「書店発!著書発掘プロジェクト」応募!潮凪道場に通う!
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潮凪道場 塾長・エッセイスト 潮凪洋介氏

クラブツーリズムの添乗員を辞め、次は何をするのかを問い、一人出版社「岩田書院」の岩田博氏を何度か訊ねた。その最中に、ブックスタマ「書店発!著書発掘プロジェクト」を知り、これこそ出版社の業務を知るにはいい機会だと思い応募した。
幸い、潮凪道場の潮凪洋介氏から潮凪塾に来ないかとのお誘いを受けた。月に1~2回ならと塾に通うことにした。ひょっとしたら、私にも才能があるかもしれない。との思いもあった。そして8月19日に潮凪洋介氏との打ち合わせに目黒の教室へ伺った。
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東急目黒線洗足駅
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潮凪道場
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クリエーターズハウス教室

 今、28歳から74歳の方々が著者を目指して通っているという。7年前からのオープンで、すでに何人かの著者を輩出しているという。彼の話では、「うちは自費出版ではありませんから、最低6,000部の発行・販売ができる内容の著者本を育てている」と志は高い。
私の応募した内容は、

タイトル:老後をどう楽しく生きるか。体験記!

36年間旅行業に関わり、63歳で辞めた中高年者が、「老後をどう楽しく生きるか?」を体験した記録です。
○国内外の温泉巡りを追求すること。温泉巡りを始めて40年で1405ヶ所、海外温泉は77ヶ所を数えました。その後も機会を作り、楽しんでいます。
○旧街道歩き・・・かつて登山を趣味にしていましたが、足の衰えをきっかけに中止しました。ところがすぐに左手にしびれが出て、頚椎の軟骨の損傷と分かり、首の牽引治療をしています。歩くことを止めたことが原因と知り、旧街道歩き―1999年10月から東海道五十三次150㎞を歩く繋ぐことから始めました。それから、旧中山道、旧青梅街道、日光街道から奥の細道、甲州街道、豊後街道を歩きました。退職後は、スペイン聖地サンティアゴ巡礼800㎞を35日間で歩き通しました。今、北国街道歩きを計画中です。
○家庭の事情で、家出することになり、おんせん県大分県の別府・大分市に4ヶ月半、1か月6~7万円の一人住まいを体験しました。豊後街道歩きで、真っ暗な橋に落ちて、胸椎骨折をして2か月の胸部コルセットでの不自由な独居生活ぶりも紹介します。
○青春きっぷを利用して、家出の時は大分から東京への用事を往復で体験、過去にも九州温泉巡り、家族で琵琶湖や日本海での海水浴と温泉巡り、登山体験を紹介します。
○世界一周に興味を持ち、「ピースボート」で世界一周を夢見る高齢者を取材のため、事務作業やポスター貼りでポイント稼ぎを体験しました。
○クラブツーリズムのフェリーフレンドリースタッフ(FFS)に応募し、テーマのある旅行の添乗員として1年半経験しました。
○地元の老人会俳句倶楽部で月一回の句会に参加し、俳句の学習に力を注ぎ、新聞などの俳壇に入選を目指し投句に励んでいます。
○地元で若者との交流を求めて「行政に口出す探検隊」を起ち上げ、世話人として様々な課題で学習や探検をしています。

以上は現役時代から続けているもの、退職後に始めたものもありますが、「老後の生き方」だけではなく、若者にも是非知っていただきたい、実践していただきたいものでもあります。目標を掲げて、やる気になれば、実現できること、一度には無理でもこつこつやり続けることで実現することをお知らせしたいと思います。

最初の塾は、9月7日(水)17時30分~40分ほどでした。その前に、宿題として「本の企画書」の骨子を書いてくるようにと言われていた。その内容に沿って、出版社を説得できる内容にするためのノウハウを具体的にやり取りすることになった。時々言われた「読者目線で」という言葉が印象的だった。お代を払って買うだけの内容なのかを、いつも問われているんだなと実感した。

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魅惑のスリランカの旅 思い残すこと・・・温泉に出会えなかったこと。 [海外のはなし]

魅惑のスリランカの旅 思い残すこと・・・温泉に出会えなかったこと。
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2016年5月29日~6月04日まで、スリランカへ観光に出かけた。紀元前以来の仏教遺跡の数々に出会い、予想以上の感動を得ることができた。5世紀後半、岩山の頂上に華麗な王宮を建てて住んでいた(王宮としてはわずか11年間)シギリヤロックに登山できた。かつてはライオンの姿でかたどられていたという。1400年の眠りからさめた壁画のシギリヤレディは圧巻だった。イギリス統治下にあった1875年、この岩山を望遠鏡で見つめていたイギリス人探検家が天女の壁画を発見した。
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ダンブッラの石窟寺院は紀元前1世紀以来の建造物で、第1窟にある約14mの涅槃仏は特筆もの。全身は黄金色に染められているのに、足の裏は真っ赤に染められている。これはスリランカの特徴で、紀元前5世紀にウイジャヤ王がインドからスリランカに彼の手のひらが真っ赤であったことからだという。ブッダがスリランカに5回訪れたという伝説と共に仏陀の影響がそこかしこに色濃く残されていることを実感した。

ところで、私の海外旅行は必ず温泉場を探し、入浴することを目標にしていたが、今回はその取り決めを初めて破ってしまった。中国の黄山のように、温泉があったはずだが、たまたま温泉場が改修中で入浴できなかったことはある。今回、事前に温泉場があることは調べてわかっていた。参考:Hot Springs of Sri Lan Ka/Amaging Lanka.comから情報を得た。インド系のシンハラ語から英語訳らしく、情報が錯綜していて、私なりに他の情報を参考にして紹介する。9つのうち6か所に絞った。

○ゴマランカダワラ温泉Rankihiriya/Ulpotha/Gomarankadawala Hot Spring
トリンコマリーから数キロの所にある温泉。42度の二つの井戸があり、それらはRankihiriya温泉、Ulpotha温泉とも呼ばれている。乾燥地にあり、Ulpotha仏教遺跡に近い。
○カンニャ温泉Kanniya Hot Water Wells at Trincomalee――スリランカ北東部の海岸、トリンコマリーの北西にある仏教遺跡Velgam Vehera修道院の僧侶によって使用される複数の池の一部。ベルガム・ラジャ・マハー・ビハーラの近く。五千年の歴ありとの伝説。ラヴァナ王の時代から利用か? 入浴不可・湯あみのみ。7ヶ所の源泉が並び、熱くても40度。外傷・消化器系に効能。席巻使用禁止だが、地元民は石鹸を使用している。地元民は5ルピー、外国人は50ルピー。露出度が高いためか、女性用水着はダメ。更衣室があり、自分で袋を持参し着替えを入れ、サロンを巻いて水浴び。無味無臭。
○Nelum Wewa Hot springs  ポロンナルワ ジャンクションから27㎞のところにある2009年に公開された新しい温泉。Dimbulagala山脈の麓にある。源泉は61度、スリランカで一番熱い温泉。10月の雨季には貯水池wewaの中に水没する。7つの温泉の内、3つが閉鎖され、4つの井戸はNelum Wewaの砂丘上に2つずつ位置している。この温泉は、乾季には砂丘を徒歩で行くことができるが、貯水池の水位が高いときは地元の漁師の助けがいる。
○Mahaoya Hot Springs マパオヤ温泉
 Mahaoya温泉は、Mahaoyaから約2㎞のところにある温度の異なる7つに井戸がある。もっとも熱い井戸は約56度で、二つの井戸のみ入浴が可能な温度。地元の自治体によって管理され、訪問者にはRs50(ルピー)が駐車料として徴収される。
○Wahawa Hot Springs
 Wahawa温泉は、スリランカ東部州アマパラ地区Padiyatawaの田舎町にある。水田と18の温泉が散在し、そのうちいくつかが掘り抜き井戸を流れ、村人の洗濯やお風呂に利用されている。
○Madunagalaマドゥナガラ温泉――又はMahaperessaスマハペレッサ温泉。
リランカ南部ハンバントータHambantotaniに位置する。周辺に象が生息し、農作物や人間の営みに害を与えていた。過去には、度々乾季の間象の赤ちゃんが温泉の水浴びに来ていた。1980年代にエンビリピティヤ(現在Walawe流域を監督)には温泉の周囲に壁を造り、被害を食い止めた。湯はかなり熱く、源泉でお米を炊くと源泉が防腐剤のような効果がありお米が腐りにくい。レナード・ウルフが行った温泉の化学的分析では、10,000当たり、固体:534、塩素:248、石灰:95、硝酸塩:0、硫酸塩:小と公表されている。
Mahaperessa温泉周辺には、2つの古代岩窟洞庵がある。仏教徒と僧侶たちは、リウマチや皮膚炎から生じる痛みをこの温泉を利用していた。今では、休日には来場者で混雑し、長い時間待たされている。
温度差がある浴槽は大きく施設がとともっている。地元民は30ルピー、外国人は100ルピー。かぶり湯のみ。
これらの紹介された温泉の他に「スリランカ最北端のジャフナ半島の海沿いに治癒力を持つ不思議な泉」として、ケリマライの泉がある。古くから病気を治す不思議な泉として知られている。近くのマヴィダプラム・カンダスミワ寺院Maviddapuram Kanthaswamy Kovilに残る伝説・・・7世紀、伝統的な儀式を軽んじた姫が、馬のような顔になってしまった。ケリマライの泉で湯を浴びると、元の顔に戻った。感謝した姫はこの地に神を祀るヒンドゥ寺院を建てた。水源は寺院の周辺で、流れる過程でミネラルを得て、治癒力を持つといわれている。

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北国街道を歩く(最終回) 二本木宿から、新井、高田宿へ2016.8.29 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く(最終回) 二本木宿から、新井、高田宿へ2016.8.29
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高田城外堀に栽培された蓮

 8月29日(月)5時52分発の黒姫駅に乗り、二本木駅には6時35分着。拙句「妙高を見つめて列車今朝の秋」駅トイレで歯磨き、トイレを済ませる。快晴、雲多し。ずーっと下り坂。7時、右手に松の木の藤沢一里塚。ここで暑くなったので肌着を脱ぐ。7時27分、賀茂神社、田圃が多く、畦がきれいに刈られ、稲穂に雀が出入りする様子がハッキリと見える。拙句「苅りた畦稲穂出入りす雀かな」
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7時27分、賀茂神社、数年前から山から引かれたという手水場に近所の方が水をペットボトルに入れていた。張り紙には「飲み水ではありません」とあるが・・・。すぐ左手に照光寺境内に「親鸞聖人奮跡」?本堂上に寺の名の額がなかった。正面の欄間彫り物は7枚ある。「小出雲」信号下に飯山街道との追分道標「左飯山動、右善光寺道」
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照光寺
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照光寺正面の彫もの
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追分道標
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街灯

7時45分、上町延命地蔵尊、新井宿に入り、右手に市神社。新井宿では月に6回市が開かれた。
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 左手に天保年間創業の「君の井酒造」があり、資料をいただき、写真撮影の許可をいただく。明治の大火で建築物や資料は消失。高田藩榊原藩主の酒造り128石の許可証に「天保13年」と記されていることからこれを創業年(1842年)としている。昭和26年までは「田中屋」「酒田中」と呼ばれていた。
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天保年間創業の「君の井酒造」

 8時22分、石塚一里塚跡通過、大崎には矢代川の千草石(輝石安山岩)を利用した石屋が7~8軒続く。拙句「炎天や影を友とす前後ろ」右手の北新井駅を過ぎて、上信バイパス道の高架をくぐる。
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東本願寺新井別院
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石塚一里塚跡
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石屋

 信越本線を越し、諏訪社、小さな祠の越後出雲神社へ。拙句「稲穂揺る鉄路電線青い空」9時45分、「御小休根切松」の先新幹線ガード下、「明治天皇石澤御小休所」の日陰で靴を脱いで休憩。
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諏訪社DSC04359.JPG
越後出雲神社

 矢代川に架かる渡瀬橋をこえてすぐ右折。今泉城と大和神社、弘法の清水跡を通過。県道579号線右折すると伊勢町口番所跡、一里塚。
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明治天皇石澤御小休所DSC04362.JPG
大和神社
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弘法の清水跡
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伊勢町口番所跡

 10時40分、右、神名宮で矢代川の蛇行部を外濠にして蓮の花が咲き残っている。7月22日~8月16日まで「上越蓮まつり」で、東洋一の蓮花群が見られたところ。「南本町2」信号を左折し、時の鐘があった周辺を探すが、粟飴を十返舎一九が紹介した高橋飴屋、紺屋は見つからなかった。
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矢代川の蛇行部を外濠にして蓮の花
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 11時15分に街中の上越プラザで休憩。高田駅前の観光案内所で、今日の宿泊所を「割烹宮田屋」の夕食付5,500円に決めた。 駅前の大黒屋でゆっくりランチを食べる。
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旧第四銀行
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駅前の芭蕉宿泊地跡を求めて、高田橋(上田橋)近所を探索する。芭蕉は高田で町医者細川春庵宅で3泊した。4代目の中山染物店主に聞き、県栄不動産のビルを建設時に碑を取り外したという。北国街道追分碑も探索した。ここは北国街道の基点になるので、是非とも確定しなければならなかった。昔は5の辻周辺が賑わって、昭和の半ばに7つの映画館や遊郭もあったという。明治44年(1911年)建築のルネッサンス式白亜の大劇場「高田座」が開業、その後、大正5年(1916年)に常設映画館「世界館」に改称、さらにいくつかの名称に変更、今唯一の映画館として「高田世界館」として105年の歴史を誇っている。その世界館の通りの「本町7丁目」信号先の右手の宇賀魂神社境内に碑「右おっしう道、左かがみち」があった。昭和10年に信号角のあったのを移転した。
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芭蕉宿泊地跡だったところ
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明治44年(1911年)建築のルネッサンス式白亜の大劇場「高田座」
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北国街道追分の道標

割烹吉田屋は、秋葉神社の真向いにあった。2階の菊の間・8畳私の部屋。バストイレは共用、エアコン付き。夕方になるとこの宿の男児2名が剣道を習っているらしく、宿前で竹刀でタイヤを打つ練習中で、甲高い気合の奇声が延々と続いて厭になる。拙句「竹刀討つ気合叫ぶ児炎暑宿」夕食は牛肉、鰈の唐揚げ、むつの刺身、レバニラ炒め、ヒジキの煮者、あさりの味噌汁にご飯。
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4日目の関山宿から新井宿へ7.1㎞、高田宿へ10.6㎞。2回に分けて軽井沢追分宿から高田宿までの北国街道歩きの距離は、146㎞歩きつないだことになる。

翌8月30日、小雨のためタクシーで高田駅へ。6時59分発で直江津へ、ほくほく線で湯沢、上越線で水上、高崎へ。八高線で高麗川、拝島経由で青梅へ帰った。
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日本の原風景を訪ね歩く 第1回 鴨川の大山千枚田を歩く 2016.9.02

日本の原風景を訪ね歩く 第1回 鴨川の大山千枚田を歩く 2016.9.02
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鴨川・大山千枚田の棚田

 クラブツーリズム主催の「日本の原風景を訪ね歩く 第1回 鴨川の大山千枚田を歩く」に妻と二人で参加した。約9.5㎞ 約3時間を歩く予定でした。新宿から出発し、添乗員、講師の他に、現地で2名のガイドが付くという。首都高速、東京湾アクアラインを乗り継いで、最初の休憩は「道の駅保田小学校」だ。2014年廃校となった保田小学校施設が「道の駅」として生まれ変わった。体育館は「里山市場 きょなん楽市」に、校舎はカフェ、イタリア料理店、鋸南百貨快、里山食堂、まちのギャラリー、音楽室に。宿泊施設や温浴施設もある。
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 長狭街道の金束(こずか)から現地のガイドと合流し、高倉山神社入り口を10時に出発。女性の久慈さんがガイド役で先頭に、軽トラックで最後尾から景山さんが付いてくる。
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 約30分の登り坂、ばくちの木の群生地を行くと大倉山中腹の大山不動尊へ。山頂の高倉神社は、742年の創建で、御本尊は鎌倉時代後期の木造不動明王像。標高219mに位置する不動堂は江戸時代の1802年(享和3年)築造で、波の伊八(武志伊八郎信由)が向拝の上下に飛龍、地龍の二体の龍を掘っている。
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大山不動尊山門
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 ここからなだらかな登りで40分行くと棚田倶楽部が管理する大山千枚田。日本棚田百選の一つ。天気の恵まれ、穂が色づいた千枚田は美しい。畦が刈られていればもっと美しかっただろう。傾斜の対面からの展望が美しい。
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 11時を過ぎたばかりだが、棚田倶楽部のテラスの椅子に座ってランチ。歩く出発時にいただいた弁当を食べる。この季節がらか揚げ物一辺倒の弁当で、鮭の塩焼きや玉子焼きもない相当倹しい弁当。

 11時45分に棚田倶楽部を出発。30分ほど登った後、小仏の居る太田集会所あたりから下りになる。T字路の右手に加藤登紀子さんの亡き夫の農園が見えた。左折して12時40分、タルロの滝を過ぎて、「元名の鉱泉」で休憩。湧出量が少ないので、入浴施設はなく、大きなタンクに注がれているのみだった。
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 かつてはこの辺り一帯は軍馬を育てていた、日本酪農発祥の地だった。
 13時30分、アララギ派の歌人・古泉千樫生誕地へ。歌集「アララギ」に編集に携わり、多くの秀歌を残した。
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 熊野神社前から長狭街道に出て、「みんなみの里」で休憩。「長狭」という名は、昔から「長狭米」で知られており、房総の高級旅館やホテルでのご飯に使われていた。
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 バスは鋸南町吉浜の安田漁協の一角にある「ばんやの湯」で入浴した。天然の温泉ではなく、人工的に高濃度炭酸泉を造ったもので、温泉マニアにとっては、天然温泉でなかったのは、とても残念だった。浴後に隣接する「ばんや本館」で生ビールと蛸の唐揚げをいただいた。同じテーブルにツアー同行者が二人来て、互いの刺身のおつまみなどを交換しながら、歓談することができた。
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 棚田を訪ねるウォーキングの感想は、天候に恵まれて良かったが、43名の人数で現地ガイドが付くというので二十数名で1人づつのガイドが付くのかなと思ったら、43名で1人のガイドがガイディングレシーバーで説明しながら歩き、もう一人の現地の方は、リタイアした人用に軽トラックで最後尾についてきた要員だった。最後尾に東京から来た講師と添乗員が歩いていた。カーブの多い田舎道で、車がめったに来ないので狭い道いっぱいに広がり歩行していたので、突然歩行者がいるはずがないとスピードを上げた車が突然前方から飛ぶ出て来て、ガイドさんが身をはって「車が来た!」といってよけるように叫んだが、こうした危険な状態が二回あった。
添乗員の経験がある私の体験から、43名もの人数を一人のガイドが説明をしながら歩き、しかも安全確保の添乗員の仕事もこなすのはとても至難の業だ。最後尾の講師や添乗員がやるべき仕事があったのではないかと思う。
揚げ物とウインナーのおにぎり弁当も何とか工夫がないのかと思った。25人でのツアーなら、採算的にしょうがないかと思うが、43名でこの内容ではと不満が残る。確かに何人集まるかわからないから、難しいかも知れない。少なくとも今回のツアーで、出発時から参加していた講師の方はいらなかった。その分、お弁当に費用をかけてほしかった。
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東京アクアラインの海ほたるパーキング

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☆海外温泉入浴珍道中 http://www.a-spa.co.jp/junyoku/matsuno.htm
☆旅と温泉の思い出ショップ http://aaspa.web.fc2.com/shop/
☆おんせん県おおいたで、生活費1ヶ月6~7万円で過ごせるか挑戦中!第2弾
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北国街道を歩く 野尻宿から関川、田切、関山、二本木宿へ。 216.8.28 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 野尻宿から関川、田切、関山、二本木宿へ。 216.8.28
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塚が西側のみが残った北沢一里塚

8月28日(日)野尻宿を6時40分に出発。前日、観光案内所で教えられた「信濃町 観光タクシー助成券」を利用して、タクシーで野尻宿本陣跡まで行く。この助成券で信濃町が800円負担してくれる。気温は18度、7時に旅籠安右衛門(名主)本陣跡からスタート。
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野尻宿本陣跡
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国道18号線沿いにあるモニュメント

 国道18号線に出ると、ナウマンゾウのモニュメントが蕎麦畑に映える。拙句「雄叫びのナウマンゾウや蕎麦の花」下り坂の道沿いに、廃屋となったラブホテルが3軒、バブル崩壊の遺跡か?信越大橋の手前を右折し、7時48分に関川の関所「道の歴史館」へ。
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信越大橋手前
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信越大橋を下から

 突き当り、右へいくと加賀藩関川宿本陣跡、大石家池泉式庭園。さらに高田藩本陣跡豊田家にわずか石垣が残る。この辺り、豪雪地帯で一階部分が物置などで、主屋は2階からになる造り。
左手に戸隠山が見える。
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関川の関所跡
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加賀藩関川宿本陣跡、大石家池泉式庭園
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高田藩本陣跡豊田家

 8時15分、右手は妙高高原駅、日本唯一のスキー神社を過ぎる。
8時37分、深川橋を渡り、田切宿へ。大田切川に架かる大橋の左かわ回り込み旧道右へ。
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戸隠山
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日本唯一のスキー神社

田切宿は二俣宿と合宿で、白田切川と郷田切川に挟まれた交通の難所。文化13年(1816
年)開湯の赤倉温泉は、田切宿の庄屋が発起人だった。9時3分右手は旧北国街道入り口だが草ぼうぼうで諦める。左に「二俣宿」関山宿へ6㎞の表示。明治天皇二俣御小休所跡。
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二俣宿

 9時22分、御館(おたて)の乱無名戦士の墓の後、国道18号線に合流、赤倉温泉スキー場入り口を過ぎる。10分後、太田切川の妙高大橋を渡り、右折。
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御館(おたて)の乱無名戦士の墓

 9時45分、坂口新田バス停手前に「坂口新田一里塚」があった。妙高山麓直売センターでトイレと220円の葡萄1房を購入、歩きながら水分補給。
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妙高山麓直売センター

 10時21分、小野沢の白野山興善寺へ。右手に祠内に10分後に覆屋に2体地蔵の泉地蔵あり。
10時40分、関山神社と奈良薬師時にある日本最古のものに次いで古い仏足石。
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覆屋に2体地蔵の泉地蔵
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関山神社
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仏足石

11時13分、西側のみが残った北沢一里塚。関山宿の東端へ国道に出てすぐ右手に蕎麦屋「縄文そば今町屋」でかき揚げ盛り蕎麦をいただく。2㎞行くと公民館前の筆塚、奥には片貝縄文資料館。公民 館前の日陰で昼寝、45分熟睡。
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北沢一里塚
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蕎麦屋「縄文そば今町屋
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公民館前の筆塚と奥の片貝縄文資料館の表示版

13時18分、これより松崎宿。二本木の戸数67軒、寺院2軒、松崎宿との距離は2㎞で合宿。市屋一里塚跡は不明。
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 13時25分、松崎宿入り口枡形になる欅と杉の大木の若宮神社通過。
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 13時40分、白山神社、明治天皇二本木御休所。高さ2m、直径35㎝の円柱あり。「二本木に入ったら、綱を放して、小荷駄の者は馬に乗って通ってはいけない。村内はくわえきせるをするな」との記述らしい。
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 桜古木に囲まれた中郷小学校手前、右手山中に蛇塚。「北国街道踏切」を渡り、600mも行くと松崎宿。右手の安楽寺が本陣役を担った。1.5㎞も行くと左手に二本木駅。
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二本木駅ホームに入る電車

二本木駅や北新井駅周辺に宿がないため、昨日泊まった黒姫駅前のふじのや旅館に泊まることにした。14時20分発妙高高原駅方面に乗車する。15時頃に黒姫駅に着き、「一茶記念館」へ向かう。公園入口の階段を登ると「是がまあついの栖か雪五尺」の句碑。文化9年(1812年)11月24日、一茶が柏原に戻った時の句。俳諧寺には「初夢に故郷を見て涙かな」の句碑。
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俳諧寺
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俳諧寺の天井

 一茶記念館で聞くと、信濃町で124の句碑があるという。今年の入館者は約15,000人、昭和35年には5万人を超した。ここで拙句「百の句碑万の寄せ来しおらが蕎麦」を投句。
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「やせ蛙負けるな一茶ストリート」を通ってふじのや旅館へ。
夕食は昨日と同じ食事処で冷やしおろし蕎麦と行者ニンニク豆腐、熱燗をいただいた。じのや旅館で五代目小林隆信氏に宿のお宝の掛け軸などを見せていただいた。
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ふじのや旅館五代目小林隆信氏

野尻宿から関川宿へ3.9㎞、田尻宿へ3.9㎞、関山宿へ7.9㎞、二本木宿へ3.9㎞合計19.6㎞ 約7時間。

☆北国街道を歩く 軽井沢追分宿からの挑戦!http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2016-08-12
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北国街道を歩く 神代宿から牟礼宿、柏原宿、野尻宿へ  2016.8.27 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 神代宿から牟礼宿、柏原宿、野尻宿へ  2016.8.27
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柏原宿の明治21年築のふじのや旅館に泊まる

8月27日(土)小雨の神代宿をポンチョ着て6時25分に出発。白塀から乗り超えて、紫色の朝顔を咲かせているのを新鮮に映った。観音堂をカーブで左折し、登り坂を行く。神代坂の大石上に仏像が。
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観音堂
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神代坂

さらに傾斜に植えられたリンゴ畑の多い登りが続く。北国街道の表示板が入り口にあっても、その先のY字路でどちらに行くのかが分からず、方角で決めてしばらく行って不安になり、また元の道まで戻ることがあった。
7時42分、白坂峠一里塚。かつては道を挟んで両側に土饅頭形の塚が築かれていたが、道路の拡幅工事で削られた。
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白坂峠一里塚
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 平出への表示に従い、8時15分県道60号線、荒瀬原線飯綱町平出へ出る。
「三本松」信号角セブンイレブンでサンドイッチとコーヒーを購入、小雨に中歩きながら食べる。三本松は、一茶が江戸へ奉公に行くとき父が柏原から牟礼まで見送ってくれた地で、「父ありて明ぼの見たし青田原」の句碑がある。
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三本松

 8時37分、右手へ旧道、高さ18m、幹回り2.9mのエノ木塚が残る四ッ屋一里塚。拙句「リンゴの木枝撓るるや母の腕」
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8時52分、牟礼に入り旧道右手に「中生門」、牟礼宿鎌問屋か?幕末の建築で本うだつのある旧家屋山本宅、すぐ左に牟礼神社。證念寺を左折、上り口に閻魔王などを祀る十王堂。冥途の十人の裁判官だ。
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十王堂
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観音寺

9時37分、佐渡の金銀を江戸へ送る中継地だった金附場跡。この辺り、売地の広告が多し。拙句「里山の売地の多し大胡桃」小玉の先、18号線を北へ横断する。後に新道と古道の分岐を右折し、古道へ。
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金附場跡
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観音平

 すぐ新道に合流し、「右牟礼役場へ2.1㎞、左野尻湖公民館9.6㎞」の表示板。すぐに「小玉坂一里塚跡」傍らに上杉謙信馬留清水が湧き茶屋があった。
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10時40分、峠を下ると落影集落、一面蕎麦の花で明るくなる。池中開田祈念碑、続いて落影立場の家がある。11時05分、小古間集落の大悲恋、ふくよかな六地蔵、延命地蔵尊を見る。
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ふくよかな六地蔵

11時22分、古間一里塚へ。文政4年(1821年)松の木が倒木、人馬圧死とある。一茶の句碑。
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 11時30分、古間宿本陣跡、諏訪神社、一茶最古の句碑「松陰に寝て喰ふ六十余州かな」文政の大火で居宅を失い焼け残りの土蔵の一茶旧宅と句碑「門の木も先ずつつがなし夕涼み」、一茶旧宅の敷地内に子孫が住んだ一茶屋。石灯篭と切り石が残る柏原宿本陣跡。
対面にある明専寺には有名な句碑「我と来て遊べや親のない雀」がある。
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古間宿本陣跡
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諏訪神社
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 食事場所を訪ね歩いて、開いていれば黒姫駅前のラーメン屋くらいと聞き直行する。本日宿泊のふじのやは、真向いだった。地元の人も来るラーメン屋で混雑していた。
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ふじのや旅館

12時35分、ふじのや旅館にチェックインし、荷を置き野尻湖から黒姫駅へ戻る16時20分発の時間(200円)を確認してから、13時30分に歩き始める。ずっと国道18号線の下り坂。上信越道を越してから、14時15分、国道両側に一対の塚が残る野尻一里塚に。
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野尻一里塚

「ナウマンゾウ発掘地」信号の先を右折のつもりが、道が分からず次の信号、ナウマンゾウノモニュメントがあるまで行きすぎてしまった。右折して野尻湖畔へ。遊覧船乗り場前がバス乗り場というので、しばらく時間調整で待つ。小雨で霞がかり湖面が見えないのに、遊覧船乗り場には大勢の観光客で待つ人が多い。
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野尻湖畔

 野尻宿本陣跡が不明で、明日に立ち寄ることにして、バスで黒姫駅へ戻る。ふじのやへ入室し、まず洗濯し、干し物は2階の縁側へ干させてもらった。「ふじのや」は屋号で、正式名は「藤野屋旅館」明治21年、初代小林嘉七により割烹料理屋創業。二代目の小林由三郎が旅館業を始める。三代目の小林嘉左エ門が現旧館の「藤野屋旅館本館」を建設。四代目小林隆太郎をえて五代目小林隆信氏が「はなれ」を昭和44年に増築し、現在に至っている。本館は国登録有形文化財になっている。本館は宿泊が認められず、私の部屋ははなれの8畳の菊の間。
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創業当時の写真
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二階大広間・汚れ防止のためゴザで覆っている
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創業当時のままの二階の部屋
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本館の二階階段
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離れの二間に泊まる

夕食は真向いの蕎麦屋で「ミニ天丼と盛り蕎麦」と燗酒をいただいた。小付けに間違えたらしい馬刺しが来てとんだ贈り物。店内には一茶の短冊句が飾られ、流石に一茶の故郷だ。ふじのやに隣接する酒屋で、明日の朝食用パンと夜のつまみと冷酒真澄を購入。部屋に戻ると部屋にりんごとトウモロコシが差し入れされていた。ありがたい。
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牟礼宿へは7.9㎞、柏原宿へ7.9㎞、野尻宿へ3.9㎞合計19.9㎞

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北国街道を歩く 川田宿から福島宿、長沼宿、神代宿へ 2016.8.26~27 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 川田宿から福島宿、長沼宿、神代宿へ 2016.8.26~27
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正福寺の六地蔵

8月26日から、2回目の北国街道歩きを実施した。第1日目の荷を軽くして歩く方法を考え、宿をあらかじめ決定して、荷を宅急便で送ることにする。長野観光案内所で調査していただき、ようやく神代宿・豊野駅の近くに「神風館(じんぷうかん)」〒 長野県豊野町豊野1056-1 [電話]026-257-2022を見つけた。1泊夕食付で@5,500円で決定。

8月26日(金)に自宅を4時40分に出発し、東青梅駅5時10分発、拝島乗り換え5時44分、八王子発6時33分、松本駅10時16分着、11時09分発、長野駅12時22分着、観光案内所で翌日の黒姫の宿情報を仕入れる。松代行バス12時45分、松代駅着13時15分(650円)。ここで電話をしまくり、ようやく明治後期建築のふじのや旅館(素泊まり3,500円)に決定。川田方面乗り換え14時発で川田宿へは14時20分に着いた。

前回歩いたゴール地点を確認する。宿の端の秋葉社から出発する。14時37分、一里塚通過、保科橋を渡って403号線へ、千曲川に沿って歩く。北野美術館に隣接する北野天満宮信濃社を通過。
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川田宿の秋葉社
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一里塚
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北野天満宮信濃社

 15時04分、「右松代 左保科道」道標。すぐ先に正満寺、六地蔵あり。山門(鐘楼)は市指定文化財。綿内入り口信号角に西宮神社、「綿内追分碑」
この辺り、桃畑など果樹園が多い。屋島橋が工事中で、歩いて突っ切るのに一苦労。国道を渡るのに帽子を落とし、車にひかれ金具がぺしゃんこ。
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「右松代 左保科道」道標
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正満寺六地蔵
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西宮神社
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「綿内追分碑」
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工事中野屋島橋

 15時48分、福島宿へ入り、大笹街道道標。天神社は福島宿北の枡形で直角に折れる。大幟は高井鴻山の筆。西福寺は福島宿一古い。この先にかつて布野の渡しがあった。
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大笹街道道標
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西福寺

村山橋まで土手を歩く。16時15分に橋を渡りはじめ、20分かかった。土手に沿ってリンゴ畑を歩き、
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千曲川
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 見事な赤松がある秋葉社、左折して長沼神社へ。林光院山門に十王像が安置。寺前に長沼の道標あり。右へ突き当ると蓮如上人が2度滞在したという西巌寺。善導寺で道に迷い、17時10分、国道18号線アップルラインで行く。
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赤松がある秋葉社
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長沼神社
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林光院山門に十王像が安置
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西巌寺
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善導寺

 旧道の赤沼公会堂には信州リンゴ発祥の碑があるが見られなかった。赤沼信号で左折し、豊野駅方面へ。踏切があるかと思いきや、歩道橋で渡り多賀神社へ。突き当り正面石段上に観音堂。中腹まで数えたが59段。13世紀に創建した聖林寺が前身。
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歩道橋で渡り多賀神社へ
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観音堂

宿は踏切手前に戻ったところで、18時30分神風館へ到着。浴室が2ヶ所あるが、間違えて湯が出ないところで裸になり、とりあえず水シャワー後に夕食。豚肉と野菜の陶板焼きの良が半端じゃない。ゴーヤちゃんぷる、茄子と蒟蒻の煮もの、海老焼、ポテトとコーンサラダ、鮪刺身など。
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神風館
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夕食膳

川田宿から福島宿へ5.9㎞、長沼宿へ3.9㎞、神代宿へ7.9㎞合計17.7㎞で時間にして、4時間余で見るべきものの見ないで相当急いだ1日だった。荷を少しでも事前に送っていたのが幸いだった。

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北国街道を歩く 4日目 戸倉宿から川田宿まで 2016.8.09 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 4日目 戸倉宿から川田宿まで 2016.8.09
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松代藩鐘楼・江戸時代の時の鐘(約2時間毎)、1624年(寛永元年)初代藩主真田信之が火の見櫓と共に設置。3度の大火で焼失、1801年(享和元年)に再建、2012年に修復。日本電信発祥の碑もあり

8月09日(火)、5時20分に宿を出る。サークルKで朝食を購入。
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千曲川と戸倉上山田温泉

5時45分に旧道に合流するが、下戸倉宿本陣跡は不明。「下の酒屋」は、信号の角にある旧家屋を利用した蕎麦屋「萱」か?6時20分、㈱長野セラミックを右手に。この会社は人工温泉機器を製造し、かつて取引をしていた。寂蒔の元禄6年(1693年)に築いた水除土手、はす向かいに淨海と芭蕉の句碑「名月や児達ならぶ堂乃塚」
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旧家屋を利用した蕎麦屋「萱」
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㈱長野セラミック
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寂蒔の元禄6年(1693年)に築いた水除土手碑
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淨海と芭蕉の句碑

7時、右手の屋代駅前で朝食、歯磨きを済ます。7時20分に出てすぐ大きな道祖神、一本南の道に行き、屋代小学校敷地にある明治21年建築の洋風学校を見る。生蓮寺にあるという大逆事件の屋代出身の新村兄弟の墓は見つからず。明治に再建された旅籠藤屋を過ぎて須々岐水神社をクランクして矢代宿本陣跡のY字路を右手、あんず街道を進む。
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屋代小学校敷地に行く手前にある道祖神
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明治21年建築の洋風学校
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明治に再建された旅籠藤屋
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須々岐水神社

 足指が痛み、科野の里ふるさと広場で靴脱ぎ足を休める。上信越道ガードを過ぎ、右手に森将軍古墳館、長野県立歴史館併設の科野の里歴史公園。山上に古墳遺跡が見える。拙句「山上の古墳明るし青田かな」「青田風山上古墳見上ぐして」
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科野の里歴史公園
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山上に古墳遺跡

ENEOSをY字左折、休憩から30分歩いてから、松代への表示板がないこと気づく。倉科の里に来ていた。2㎞も間違えて東に来ていた。植科大宮神社を抜けて、9時35分に唐崎城趾へ。9時53分、上信越道手前の一里塚跡、振袖地蔵尊、灯籠を見て土手側の道を行くが、結局土手を降り、清水庵地蔵尊を通過して車道へ。右手に妻女山、会津比売神社を森の中に見て、「中道島」Y字路を右手、松代市街地方面へ歩く。
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植科大宮神社
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一里塚跡
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振袖地蔵尊
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清水庵地蔵尊
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長芋畑

松井須磨子入り口を過ぎ、文武学校、旧白井家表門、真田邸方面へ。11時半、街道へ戻る手前の食事処「ニュー街道一」で生姜焼定食を食べる。
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文武学校
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真田邸
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食事処「ニュー街道一」で生姜焼定食

松代まち歩きセンターで、今日の宿泊所を相談する。この先の川田宿に宿泊場所がないことが判明。そこで紹介されたのが、松代市内の築120年の明治時代の町屋(登録有形文化財)「松代ゲストハウス布袋屋」だった。ここにひとまず荷を置き、川田宿まで歩くことにした。
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「松代ゲストハウス布袋屋」

12時45分に出発。旧松代藩鐘楼に寄り。荒神町Y字路を右折。松代焼窯跡をえて13時25分、川中島合戦供養道標(この位置がなかなか分かりにくかった)を右折し、鳥打峠へ山道を登る。一旦、上信越道まで下り、すぐ右折。道なりに行くが行き止まり、戻りつつ、上信越道を超え、牧島、大室へ出る。
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旧松代藩鐘楼
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川中島合戦供養道標から、鳥打峠へ山道を登る
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 自転車に南瓜を乗せたお婆さんに道を尋ねると「大変ね!南瓜しかないけど持ってく?」といわれたが、疲れて重いものを持つのはもう勘弁と「お気持ちだけいただきます」14時25分、大室崖岩下の仏像群で休憩。右上に「まきばの湯」が見える高井大室バス停で、時間を確認して一気に川田宿へ。
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大室崖岩下の仏像群
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大室古墳入口
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高井大室神社

関崎の渡し跡の常夜灯を右折し下る。火伏の秋葉社を過ぎ15時13分、西沢邸、川田宿本陣、高札場着。松代行の16時07分発に合わせてバス停に戻る。
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関崎の渡し跡の常夜灯
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火伏の秋葉社
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川田宿場
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川田宿の西沢邸
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川田宿本陣
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高札場
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居眠りをしているうちに松代着。松代ゲストハウス布袋屋でチェックイン。素泊まり&相部屋で3,300円。今日は幸いにして私一人の貸切状態。奥の和室2間のうち一間に布団の用意。布団式はセルフサービスで、離れにウォッシュレットトイレとシャワー室がある。厨房と大型冷蔵庫もあり、ソフトドリンクは自由に飲める。部屋には野の花が飾られていて、オーナー山本薫さんの心遣いが思われる。洗面台には松代焼窯元から調達した「糸繰り鍋」を利用していた。古い襖を剥がしたら、「弘化3年繭仕入帳」「明治16年の布袋屋忠治郎」の銘が出てきた。「布袋屋の代々の関わりを証明する歴史的な証拠が出現してうれしい」とご主人の山本勝彦さんは言う。
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松代ゲストハウス布袋屋
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オーナーの山本薫さん
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古い襖を剥がしたら、「弘化3年繭仕入帳」「明治16年の布袋屋忠治郎」の銘が出てきた

夕食は薫さんから、教えられた松代名産の長芋を活かした、「食事処うめたや」へ。長とろ定食(長芋とろろ汁、茄子・しみ豆腐の煮もの、鮪刺身、味噌汁、漬物、長野県特A地区飯綱町三水のご飯:980円)+白グラスワイン(300円)。味も器も満足なディナーだった。食後は車で10分ほどの松代温泉「松代荘」に送迎していただいた。
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「食事処うめたや」での長とろ定食

翌早朝は、やはり勧められた散策路の歴史的道すじ、思索の小道を堪能し、朝食はつたや本店の茄子と野沢菜おやき+コーヒ(550円)をいただいた。
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山寺常山邸
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山寺常山邸の庭園
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つたや本店のカフェでモーニング
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お焼きとコーヒー

9時43分の篠ノ井線篠ノ井駅まで薫さんに送っていただいてお別れ。松本駅(10時56分着)甲府駅で一旦下車し、ランチに横浜ラーメンを食べる。

 翌8月10日、14時頃に東京へ戻る予定。しなの鉄道戸倉駅発15時04分、上田着15時19分、軽井沢には16時04分着。ここから16時20分発のJRバスで横川へ、16時54分着。吾妻線17時20分横川駅から17時53分高崎へ。八高線で高崎を18時06分に出て19時37分高麗川、20時18分着拝島経由で東青梅へ。JR高尾駅乗り換え、八王子、拝島経由で青梅には夕方に着いた。青春きっぷでの普通列車は、時間がかかる。

☆北国街道を歩く 軽井沢追分宿からの挑戦!http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2016-08-12
☆旅と温泉の情報室 http://www.a-spa.co.jp/
☆旧街道を歩く旅 http://www.a-spa.co.jp/tabi/nikko/index.html
☆海外温泉入浴珍道中 http://www.a-spa.co.jp/junyoku/matsuno.htm
☆旅と温泉の思い出ショップ http://aaspa.web.fc2.com/shop/
☆おんせん県おおいたで、生活費1ヶ月6~7万円で過ごせるか挑戦中!第2弾
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北国街道を歩く 3日目 上田宿から戸倉宿へ 2016.8.08 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 3日目 上田宿から戸倉宿へ 2016.8.08
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上田宿の旧家屋が残る柳町

8月08日(月)、5時55分に出発。上田駅前を通り、中央2丁目信号で北国街道と合
流。
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原町市神社

 中央3丁目で左折し、すぐ土蔵造りや旧家屋が200mに渡って残る柳町。まだ朝早いので涼しい。海禅寺から引いた清水「保命水」を左折、拙句「爽やかな真田の朝の虫の鳴き」
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柳町の旧家屋
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清水「保命水」

 6時42分、18号線の「生塚」へ合流。すぐ先に千人塚・正福寺。寛保2年(1742年)の豪雨で千曲川の氾濫で、通常より約10m増水した大洪水で2800人余の流死者を出した祈念碑が建つ。秋和、の先Y字入り口で、野菜収穫のご夫婦に声かけられ、「水分補給に持っていきなさい」と胡瓜とトマトをいただき、励まされる。荷は重くなるので、歩きながらお腹の中へ。
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千人塚
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秋和

 7時09分、一里塚公園、北国街道往還道碑。裏に文久元年(1861年)塩尻の銘。新幹線ガードを越すと立派な堀や石塀がある家屋が続く。
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一里塚公園
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堀や石塀がある家屋

 沓掛酒造、「下塩沢」信号を過ぎ岩鼻へ。左小指が傷んで、何度も休憩する。8時、古代に狼煙台が岩鼻にあったことから、寝不見(ねずみ)という地名の説がある「ねず見」。鼠宿跡は上田宿と坂木宿との間宿。かつて団体旅行のランチでよく利用した薬膳料理で有名な新田醸造を通過。
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岩鼻
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一里塚橋
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鼠宿跡
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薬膳料理で有名な新田醸造

 Y字路、南条郵便局を右折。江戸初期往海玄古住職がタバコ栽培を広めたという「玄古たばこ碑」、「身にもみて大根からし秋の風」芭蕉句碑のある西念寺。芭蕉は貞享5年(1688年)姥捨ての田毎の月鑑賞後に坂木宿本陣宮原拾玉に招かれ、名産の「なかんしょ大根」と「おしぼりうどん」を食し生まれた句。
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玄古たばこ碑
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芭蕉句碑のある西念寺

 中之条信号から150m先の民家に横臥する見事な松が健在。30年前、田中角栄氏が2千万円で譲ってほしいといったとか。
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 9時20分、善光寺常夜灯、二十三夜塔、村上義清公墓所・田町十王堂(閻魔堂)へ。西宮神社過ぎて道狭し、道に迷い、立派な門構えの片桐宅を尋ねる。ご主人と15分ほど旅談義で盛り上がる。
 突き当りの左手は、坂城駅、右へ折れて病院に行くという80代の老夫婦に声かけられる。かつてトライアスロンをしたといい、励まされる。
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善光寺常夜灯
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二十三夜塔
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田町十王堂(閻魔堂)IMG269.jpg
西宮神社

 右手に旧坂木宿本陣表門、クランク状に行き、善光寺常夜灯。
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旧坂木宿本陣表門
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善光寺常夜灯

 10時25分、しなの鉄道のガードをくぐり、笄(こうがい)の渡し碑跡。村上義清公が落城時に船頭に千曲川を渡してもらい落ち延びた。髪飾りの笄を船頭に与えた。11時03分、松雲山泉徳寺に虎杖の句碑を過ぎて、じきに千曲市へ。右手の旧道に行くと旧家屋あり、この辺りが上戸倉宿か?千曲川沿いに行き、万葉橋へ向かう。ここで今日の宿泊を國楽館戸倉ホテルに1泊夕食付で6,000円税別で予約。
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笄(こうがい)の渡し碑跡
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松雲山泉徳寺IMG292.jpg
千曲川と温泉街

 12時に宿へ到着、荷を置いて大浴場でひと風呂浴びてからランチ探しに外出。意外にに営業している店が少なく、蕎麦屋で天ざるに。芭蕉句碑にあった「おしぼりうどん」を賞味したかったが・・・。近くに足湯があるコンビニ・マルケイサークルを発見した。2014年4月15日オープンで、足湯付きコンビニは全国唯一だ。
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國楽館戸倉ホテル
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玄関
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2階の部屋
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浴室
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足湯があるコンビニ・マルケイサークル

その後、千曲川畔にある「戸倉温泉発祥碑」を訪ねる。温泉街を開いた坂井量之助顕彰碑で、戸倉上山田温泉は、明治26年で度重なる洪水で荒廃していた。私財を投じて温泉街を開いた坂井量之助が志半ばで夭折。翁の義理の兄藤井氏が大正5年、鉄工所を経営で成功していた畑山国三郎に温泉経営権を譲渡。以後、畑山は温泉街の基礎造りに貢献した。じつは畑山氏は國楽館戸倉ホテルのご先祖様だった。宿の主人畑山佳則氏は4代目。
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温泉街を開いた坂井量之助顕彰碑

 夕食は部屋でいただいた。蕎麦、茶碗蒸し、烏賊のお造り、鮭のボイル焼き、ハンバーグ、茄子・ピーマンの炒め、蕨・ゼンマイの煮もの、ご飯に味噌汁。
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拙句「風涼し千曲湯開祖碑の錆し」「日焼けする肌の痛みや戸倉の湯」
 3日目は上田宿から栃木宿12.4㎞、上戸倉宿、下戸倉宿へ5.9㎞合計18.3㎞。

☆☆北国街道を歩く 軽井沢追分宿からの挑戦!http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2016-08-12
☆旅と温泉の情報室 http://www.a-spa.co.jp/
☆旧街道を歩く旅 http://www.a-spa.co.jp/tabi/nikko/index.html
☆海外温泉入浴珍道中 http://www.a-spa.co.jp/junyoku/matsuno.htm
☆旅と温泉の思い出ショップ http://aaspa.web.fc2.com/shop/
☆おんせん県おおいたで、生活費1ヶ月6~7万円で過ごせるか挑戦中!第2弾
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