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北国街道を歩く 4日目 戸倉宿から川田宿まで 2016.8.09 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 4日目 戸倉宿から川田宿まで 2016.8.09
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松代藩鐘楼・江戸時代の時の鐘(約2時間毎)、1624年(寛永元年)初代藩主真田信之が火の見櫓と共に設置。3度の大火で焼失、1801年(享和元年)に再建、2012年に修復。日本電信発祥の碑もあり

8月09日(火)、5時20分に宿を出る。サークルKで朝食を購入。
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千曲川と戸倉上山田温泉

5時45分に旧道に合流するが、下戸倉宿本陣跡は不明。「下の酒屋」は、信号の角にある旧家屋を利用した蕎麦屋「萱」か?6時20分、㈱長野セラミックを右手に。この会社は人工温泉機器を製造し、かつて取引をしていた。寂蒔の元禄6年(1693年)に築いた水除土手、はす向かいに淨海と芭蕉の句碑「名月や児達ならぶ堂乃塚」
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旧家屋を利用した蕎麦屋「萱」
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㈱長野セラミック
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寂蒔の元禄6年(1693年)に築いた水除土手碑
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淨海と芭蕉の句碑

7時、右手の屋代駅前で朝食、歯磨きを済ます。7時20分に出てすぐ大きな道祖神、一本南の道に行き、屋代小学校敷地にある明治21年建築の洋風学校を見る。生蓮寺にあるという大逆事件の屋代出身の新村兄弟の墓は見つからず。明治に再建された旅籠藤屋を過ぎて須々岐水神社をクランクして矢代宿本陣跡のY字路を右手、あんず街道を進む。
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屋代小学校敷地に行く手前にある道祖神
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明治21年建築の洋風学校
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明治に再建された旅籠藤屋
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須々岐水神社

 足指が痛み、科野の里ふるさと広場で靴脱ぎ足を休める。上信越道ガードを過ぎ、右手に森将軍古墳館、長野県立歴史館併設の科野の里歴史公園。山上に古墳遺跡が見える。拙句「山上の古墳明るし青田かな」「青田風山上古墳見上ぐして」
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科野の里歴史公園
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山上に古墳遺跡

ENEOSをY字左折、休憩から30分歩いてから、松代への表示板がないこと気づく。倉科の里に来ていた。2㎞も間違えて東に来ていた。植科大宮神社を抜けて、9時35分に唐崎城趾へ。9時53分、上信越道手前の一里塚跡、振袖地蔵尊、灯籠を見て土手側の道を行くが、結局土手を降り、清水庵地蔵尊を通過して車道へ。右手に妻女山、会津比売神社を森の中に見て、「中道島」Y字路を右手、松代市街地方面へ歩く。
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植科大宮神社
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一里塚跡
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振袖地蔵尊
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清水庵地蔵尊
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長芋畑

松井須磨子入り口を過ぎ、文武学校、旧白井家表門、真田邸方面へ。11時半、街道へ戻る手前の食事処「ニュー街道一」で生姜焼定食を食べる。
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文武学校
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真田邸
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食事処「ニュー街道一」で生姜焼定食

松代まち歩きセンターで、今日の宿泊所を相談する。この先の川田宿に宿泊場所がないことが判明。そこで紹介されたのが、松代市内の築120年の明治時代の町屋(登録有形文化財)「松代ゲストハウス布袋屋」だった。ここにひとまず荷を置き、川田宿まで歩くことにした。
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「松代ゲストハウス布袋屋」

12時45分に出発。旧松代藩鐘楼に寄り。荒神町Y字路を右折。松代焼窯跡をえて13時25分、川中島合戦供養道標(この位置がなかなか分かりにくかった)を右折し、鳥打峠へ山道を登る。一旦、上信越道まで下り、すぐ右折。道なりに行くが行き止まり、戻りつつ、上信越道を超え、牧島、大室へ出る。
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旧松代藩鐘楼
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川中島合戦供養道標から、鳥打峠へ山道を登る
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 自転車に南瓜を乗せたお婆さんに道を尋ねると「大変ね!南瓜しかないけど持ってく?」といわれたが、疲れて重いものを持つのはもう勘弁と「お気持ちだけいただきます」14時25分、大室崖岩下の仏像群で休憩。右上に「まきばの湯」が見える高井大室バス停で、時間を確認して一気に川田宿へ。
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大室崖岩下の仏像群
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大室古墳入口
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高井大室神社

関崎の渡し跡の常夜灯を右折し下る。火伏の秋葉社を過ぎ15時13分、西沢邸、川田宿本陣、高札場着。松代行の16時07分発に合わせてバス停に戻る。
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関崎の渡し跡の常夜灯
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火伏の秋葉社
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川田宿場
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川田宿の西沢邸
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川田宿本陣
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高札場
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居眠りをしているうちに松代着。松代ゲストハウス布袋屋でチェックイン。素泊まり&相部屋で3,300円。今日は幸いにして私一人の貸切状態。奥の和室2間のうち一間に布団の用意。布団式はセルフサービスで、離れにウォッシュレットトイレとシャワー室がある。厨房と大型冷蔵庫もあり、ソフトドリンクは自由に飲める。部屋には野の花が飾られていて、オーナー山本薫さんの心遣いが思われる。洗面台には松代焼窯元から調達した「糸繰り鍋」を利用していた。古い襖を剥がしたら、「弘化3年繭仕入帳」「明治16年の布袋屋忠治郎」の銘が出てきた。「布袋屋の代々の関わりを証明する歴史的な証拠が出現してうれしい」とご主人の山本勝彦さんは言う。
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松代ゲストハウス布袋屋
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オーナーの山本薫さん
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古い襖を剥がしたら、「弘化3年繭仕入帳」「明治16年の布袋屋忠治郎」の銘が出てきた

夕食は薫さんから、教えられた松代名産の長芋を活かした、「食事処うめたや」へ。長とろ定食(長芋とろろ汁、茄子・しみ豆腐の煮もの、鮪刺身、味噌汁、漬物、長野県特A地区飯綱町三水のご飯:980円)+白グラスワイン(300円)。味も器も満足なディナーだった。食後は車で10分ほどの松代温泉「松代荘」に送迎していただいた。
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「食事処うめたや」での長とろ定食

翌早朝は、やはり勧められた散策路の歴史的道すじ、思索の小道を堪能し、朝食はつたや本店の茄子と野沢菜おやき+コーヒ(550円)をいただいた。
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山寺常山邸
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山寺常山邸の庭園
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つたや本店のカフェでモーニング
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お焼きとコーヒー

9時43分の篠ノ井線篠ノ井駅まで薫さんに送っていただいてお別れ。松本駅(10時56分着)甲府駅で一旦下車し、ランチに横浜ラーメンを食べる。

 翌8月10日、14時頃に東京へ戻る予定。しなの鉄道戸倉駅発15時04分、上田着15時19分、軽井沢には16時04分着。ここから16時20分発のJRバスで横川へ、16時54分着。吾妻線17時20分横川駅から17時53分高崎へ。八高線で高崎を18時06分に出て19時37分高麗川、20時18分着拝島経由で東青梅へ。JR高尾駅乗り換え、八王子、拝島経由で青梅には夕方に着いた。青春きっぷでの普通列車は、時間がかかる。

☆旅と温泉の情報室 http://www.a-spa.co.jp/
☆旧街道を歩く旅 http://www.a-spa.co.jp/tabi/nikko/index.html
☆海外温泉入浴珍道中 http://www.a-spa.co.jp/junyoku/matsuno.htm
☆旅と温泉の思い出ショップ http://aaspa.web.fc2.com/shop/
☆おんせん県おおいたで、生活費1ヶ月6~7万円で過ごせるか挑戦中!第2弾
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北国街道を歩く 3日目 上田宿から戸倉宿へ 2016.8.08 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 3日目 上田宿から戸倉宿へ 2016.8.08
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上田宿の旧家屋が残る柳町

8月08日(月)、5時55分に出発。上田駅前を通り、中央2丁目信号で北国街道と合
流。
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原町市神社

 中央3丁目で左折し、すぐ土蔵造りや旧家屋が200mに渡って残る柳町。まだ朝早いので涼しい。海禅寺から引いた清水「保命水」を左折、拙句「爽やかな真田の朝の虫の鳴き」
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柳町の旧家屋
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清水「保命水」

 6時42分、18号線の「生塚」へ合流。すぐ先に千人塚・正福寺。寛保2年(1742年)の豪雨で千曲川の氾濫で、通常より約10m増水した大洪水で2800人余の流死者を出した祈念碑が建つ。秋和、の先Y字入り口で、野菜収穫のご夫婦に声かけられ、「水分補給に持っていきなさい」と胡瓜とトマトをいただき、励まされる。荷は重くなるので、歩きながらお腹の中へ。
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千人塚
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秋和

 7時09分、一里塚公園、北国街道往還道碑。裏に文久元年(1861年)塩尻の銘。新幹線ガードを越すと立派な堀や石塀がある家屋が続く。
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一里塚公園
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堀や石塀がある家屋

 沓掛酒造、「下塩沢」信号を過ぎ岩鼻へ。左小指が傷んで、何度も休憩する。8時、古代に狼煙台が岩鼻にあったことから、寝不見(ねずみ)という地名の説がある「ねず見」。鼠宿跡は上田宿と坂木宿との間宿。かつて団体旅行のランチでよく利用した薬膳料理で有名な新田醸造を通過。
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岩鼻
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一里塚橋
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鼠宿跡
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薬膳料理で有名な新田醸造

 Y字路、南条郵便局を右折。江戸初期往海玄古住職がタバコ栽培を広めたという「玄古たばこ碑」、「身にもみて大根からし秋の風」芭蕉句碑のある西念寺。芭蕉は貞享5年(1688年)姥捨ての田毎の月鑑賞後に坂木宿本陣宮原拾玉に招かれ、名産の「なかんしょ大根」と「おしぼりうどん」を食し生まれた句。
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玄古たばこ碑
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芭蕉句碑のある西念寺

 中之条信号から150m先の民家に横臥する見事な松が健在。30年前、田中角栄氏が2千万円で譲ってほしいといったとか。
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 9時20分、善光寺常夜灯、二十三夜塔、村上義清公墓所・田町十王堂(閻魔堂)へ。西宮神社過ぎて道狭し、道に迷い、立派な門構えの片桐宅を尋ねる。ご主人と15分ほど旅談義で盛り上がる。
 突き当りの左手は、坂城駅、右へ折れて病院に行くという80代の老夫婦に声かけられる。かつてトライアスロンをしたといい、励まされる。
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善光寺常夜灯
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二十三夜塔
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田町十王堂(閻魔堂)IMG269.jpg
西宮神社

 右手に旧坂木宿本陣表門、クランク状に行き、善光寺常夜灯。
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旧坂木宿本陣表門
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善光寺常夜灯

 10時25分、しなの鉄道のガードをくぐり、笄(こうがい)の渡し碑跡。村上義清公が落城時に船頭に千曲川を渡してもらい落ち延びた。髪飾りの笄を船頭に与えた。11時03分、松雲山泉徳寺に虎杖の句碑を過ぎて、じきに千曲市へ。右手の旧道に行くと旧家屋あり、この辺りが上戸倉宿か?千曲川沿いに行き、万葉橋へ向かう。ここで今日の宿泊を國楽館戸倉ホテルに1泊夕食付で6,000円税別で予約。
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笄(こうがい)の渡し碑跡
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松雲山泉徳寺IMG292.jpg
千曲川と温泉街

 12時に宿へ到着、荷を置いて大浴場でひと風呂浴びてからランチ探しに外出。意外にに営業している店が少なく、蕎麦屋で天ざるに。芭蕉句碑にあった「おしぼりうどん」を賞味したかったが・・・。近くに足湯があるコンビニ・マルケイサークルを発見した。2014年4月15日オープンで、足湯付きコンビニは全国唯一だ。
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國楽館戸倉ホテル
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玄関
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2階の部屋
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浴室
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足湯があるコンビニ・マルケイサークル

その後、千曲川畔にある「戸倉温泉発祥碑」を訪ねる。温泉街を開いた坂井量之助顕彰碑で、戸倉上山田温泉は、明治26年で度重なる洪水で荒廃していた。私財を投じて温泉街を開いた坂井量之助が志半ばで夭折。翁の義理の兄藤井氏が大正5年、鉄工所を経営で成功していた畑山国三郎に温泉経営権を譲渡。以後、畑山は温泉街の基礎造りに貢献した。じつは畑山氏は國楽館戸倉ホテルのご先祖様だった。宿の主人畑山佳則氏は4代目。
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温泉街を開いた坂井量之助顕彰碑

 夕食は部屋でいただいた。蕎麦、茶碗蒸し、烏賊のお造り、鮭のボイル焼き、ハンバーグ、茄子・ピーマンの炒め、蕨・ゼンマイの煮もの、ご飯に味噌汁。
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拙句「風涼し千曲湯開祖碑の錆し」「日焼けする肌の痛みや戸倉の湯」
 3日目は上田宿から栃木宿12.4㎞、上戸倉宿、下戸倉宿へ5.9㎞合計18.3㎞。

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温泉夜話 日本唯一、足湯があるコンビニエンストアが誕生! [温泉マニア]

温泉夜話 日本唯一、足湯があるコンビニエンストアが誕生!
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足湯のあるコンビニエンスストア「サークルK信州上山田温泉店」(

2016年8月6日から、北国街道を軽井沢の追分宿から歩きはじめた。その3日目、上田宿から戸倉宿へ歩き、戸倉上山田温泉の國楽館 戸倉ホテルに宿泊した。炎天下、昼過ぎに到着後にランチをとりに温泉街を散策した時、中央通りに足湯のあるコンビニエンスストア「サークルK信州上山田温泉店」(全国で6251店舗・3月末現在)を見つけた。足湯は大きな駐車場の道路側の一角にある。長さが7.2m、幅90㎝の源泉掛け流しで、2人掛け座面が6つあり、木製の屋根がある。清掃などの管理のため、営業時間は4月~10月が、10時~17時。11月~3月が、10時~16時。源泉は毎分20ℓ、44度のアルカリ性単純硫黄泉を利用している。ほとんど無色透明で強硫黄味・硫化水素臭がある。説明では「湯だまりの湯 街の縁側」として、街の皆さんがご近所さんと話したり、店のお客様と話したり、市営バスの待合所として利用したり、また、旅行者の方々の思いでの場所になれたらとの想いと、社会貢献活動の一部として、この場所に足湯を作りました。とある。
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千曲市上山田1丁目31―1の「上山田温泉入口」バス停のそばで、2014年4月15日のオープン(長野県では7店舗)。敷地は上山田温泉株式会社(小平吾郎社長)の所有地で、元は閉鎖していた5階建ての旅館を解体・整地し、1階はコンビニの店舗、2・3階は各階4部屋のマンションを建築した。もともと旅館には源泉を引いていたので、管理会社のダイワハウスの提案で足湯の施設も造ることになった。
つまり、1階の店舗、駐車場をコンビニエンスストアにテナントで貸していて、サークルK側は、温泉使用料として毎月6万円を支払っている。
以上の情報は、戸倉上山田温泉の関係機関で調べた。コンビニで足湯があるのは珍しいので、オープン時やお祭りの時などに取材が殺到し、話題性はサークルKの売り上げにも貢献しているという。
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道の駅の敷地内にコンビニエンスストアも、足湯もあるというのはいくつかあるが、コンビニエンスストア単独で敷地内に足湯施設があるのは画期的である。ちなみに中央通り「水と緑と潤いのある公園」にも足湯がある。

参考:温泉夜話 全国唯一温泉のある百貨店のはなし
   http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2010-02-18
温泉夜話 天然温泉のある山小屋のはなし
  http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2011-04-27
温泉夜話 温泉のある宿坊のはなし
http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2008-09-14
温泉夜話 温泉課のある行政、市・町のはなし
 http://hide-tabi.blog.so-net.ne.jp/2010-03-11

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北国街道を歩く 2日目 小諸宿から田中、海野宿、上田宿へ。 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く 2日目 小諸宿から田中、海野宿、上田宿へ。
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海野宿

 8月07日(日)、小諸の宿を6時35分に出た。昨日歩いた本陣跡まで合流し、今日のスタート。しばらく下り、寛政年間の小仏を過ぎると諏訪神社をカーブして正面に布引観音道標。
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小諸本陣跡
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布引観音道標

西原の土屋邸庭にあるという美人画の伊東深水の疎開地碑を探したが不明。拙句「鉄路伸ぶ断崖見ゆ青田かな」
7時54分、大石沢川に架かる眼鏡橋を過ぎる。左奥丘陵中腹に百引観音が見える。8時08分、牧家(ぼくや)一里塚、先の十字路で雷電の碑。
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眼鏡橋
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牧家一里塚
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雷電碑
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百日紅が目立つ

 この辺りから赤い花を咲かせた百日紅多し。拙句「標(しるべ)ごと百日紅の多かりし」加沢地区に旧家屋多し。地元の男性に三階建ての家屋を900万円で誰か買わないかと声をかけられる。9時、成田山六地蔵、田中宿和脇本陣跡へ。
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成田山六地蔵
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田中宿和脇本陣跡

さらに海野宿へは、約2.0㎞。田中小学校入り口を左折し遊歩道をゆく。角に小仏あり。拙句「仰向きて土竜(もぐら)転げし海野宿」
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 9時30分、踏切を越してすぐ海野宿入り口の白鳥神社。柳並木が美しい宿場はまだ準備中で静かなり。海野宿資料館前に文化9年の一茶句碑「夕過乃臼の谺の寒哉」。馬の塩舐め石傍のベンチで靴を脱いで休憩。風鈴の音が四方から届く。店は時間が早いのか、準備中だった。
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白鳥神社
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ご神木
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9時55分に海野宿を出る。しなの鉄道大屋駅前で、コンビニで買ったおにぎりで昼食。10時17分、千曲川河畔に建つ赤仁王像へ。
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赤仁王像

 旧家尾崎家があった岩下小休所跡、境内入口の鳥居の背面に「寛保3年(1743年)の彫がある伊波保(いわお)神社を過ぎて、太鼓岩に着く。千曲川に巨岩(角礫火山岩)があり、ここに当たる波の音が騒々しい。拙句「太鼓岩瀬音に揺れし胡桃かな」
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岩下小休所跡
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伊波保(いわお)神社
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太鼓岩
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千曲川畔

11時27分、神明小学校前に馬頭観音・道祖神あり。すぐ先に「右1㎞に信濃国分寺」の表示板あり。食事処がないか目を凝らすと、「つけば料理 ひばち屋」(上田市国分[電話]0268-24-7418)の看板を見つけ、声をかける。
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神明小学校前に馬頭観音・道祖神

 事前予約注文で受ける仕出し屋さんだった。女将さんとしばらく話をしているとご主人の山本斉(ひとし)さんが見えて、店の中で串焼きの「鮎塩焼きが焦げてしまってこれは出せないから食べなさい」と小太りのを2匹をいただいた。小学生のころからお父様の投網で鮎を捕る生活を見てきたと二代目。表には投網が干されていて、鮎の生簀も見せていただいた。
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投網
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ご主人の山本斉(ひとし)さんと鮎の生簀

 12時55分、科野大宮社を過ぎて、今日の宿を探すのに松尾町の「観光案内所 まちなか情報いいね館」に飛び込む。
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科野大宮社

 ここでいただいた宿の資料から、十数件安い料金の所から電話検索。素泊まりで税込3,500円の旅館天神を発見!案内所で勧められたの14時30分から上田城無料ガイド小林さんの話を聞くことになった。NHK大河ドラマ「真田丸」の影響が凄い!を連発。「5月に連休には、家康軍38,000人が攻め寄せてきたかと思うほどの混雑ぶりでした!」上田城は真田信繁(幸村)の父・昌幸が1583年に築城した居城。
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上田城東虎口門
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直径3mの真田石
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真田井戸
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二の丸堀跡

旅館天神は、イト-ヨーカ堂のあるアリオ上田すぐそばで、チエックイン後、夕朝食の買出しをすることに。今日の小諸宿から上田宿までは約19.7㎞、33,000歩。
宿は高校生のクラブ合宿の客がいて、部屋が落ち着くまでは大騒動だった。
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旅館天神

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北国街道を歩く! 2016年8月6日(土)からの挑戦! 追分宿から小諸宿へ。 [旧街道を歩く]

北国街道を歩く! 2016年8月6日(土)からの挑戦! 追分宿から小諸宿へ。
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小諸懐古園・三の門

5月にクラブツーリズムのテーマのあるツアー添乗員を辞めたことから、歩くことが少なくなり、腰に痛みを感じてきた。毎日か定期的にか歩かなければと、ついに目標を「北国街道歩き」を決断する。軽井沢・追分宿から上越・高田宿までの約150㎞を何回かに分けて歩き繋ぐ予定だ。

青春きっぷを利用して、JR青梅線東青梅駅発6時37分、拝島、高崎へ、吾妻線に乗り換え横川着10時05分。JRバスで10時15分発軽井沢へ、10時49分着。しなの鉄道で11時08分発、追分宿には11時半頃到着。この時期夏休みとはいえ、列車は空いていて座ることができた。家族づれが目立ち、母子が頬を抱いてキスをする微笑ましい場面も・・・。私といえば、妻との棘のある(と思っている)会話に嫌気がさしての逃避行・・・・。で、拙句「妻厭(いと)ふ夏鈍行のひとり旅」「夏峠左右連なる峰淡し」
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しなの鉄道
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軽井沢の杜

北国街道追分宿は、駅から1㎞ほど離れている。国道18号線沿い両脇に、日本橋から39番目の追分一里塚。標高980m、いよいよここからがスタート。宿は中藤旅館 小諸市赤坂1-3-2電話0267-22-0365 予約時に「ちょうど、どかんしょ祭りがある!」といわれ、どかんしょって何ですか?と聞くと「浅間山が噴火した時のどかんしょ、からとったお祭りよ。踊りとかがあるから、あなたも踊ったら?素泊まりで、4,000円でお願いした。

11時47分、追分節発祥の碑、芭蕉の句碑「吹き飛ばす石も浅間の野分哉」(1793年建立)がある浅間神社。堀辰雄文学記念館や脇本陣、旧本陣跡、高札場を通過して、13時15分に分去れ。追分原は、平安後期、天仁の噴火で、追分火砕流に平均8m覆われたという。江戸後期の天明の噴火の時は、北野群馬県側が被害甚大だった。
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追分一里塚
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堀文雄文学記念館
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分別れ

拙句「追分や浅間おろしの風涼し」気温は27度、わずかに風あり。ハイキングシューズの左足小指に痛みがある。しばらく下りの国道沿い歩き、御代田工業団地標識から左旧道へ「三ツ谷」信号、標高780mの馬瀬口へ。
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頭の欠けた仏像塔

 小諸まで7㎞。十念寺跡への道を間違え、八王子から来た小磯氏と会う。十念寺跡には一遍上人初開道場碑が立ち、土蔵に菩薩のお面と意匠を保存していると聞いたが分からなかった。写真撮影時に両膝を突いて出血、しばらく痛い思いをする。
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柏木小右衛門生誕の地、甲州道道標、唐松一里塚をえて小諸へ。
16時05分、こもろ高浜虚子記念公園の看板にひかれて与良館(江戸時代の漆器屋、その後家具問屋を営んだ旧松屋)で休憩。「休んでいきなさい」の声に甘えて、茄子の漬物や胡瓜をいただく。奥の部屋に高浜虚子の影響か?地元の俳人達の作短冊が変わられる。虚子は、昭和19年から3年1ヶ月疎開し、句作に励んだという。
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与良館

 日本画家伊東深水も小諸に疎開したと聞き、探したが不明。延宝2年(1674年創業)山吹味噌の酢久商店、関ケ原合戦に向かう秀忠が真田昌幸に阻まれて、住職が仲介になった海応院、粂屋脇本陣、本陣問屋へ。
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海応院
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粂屋脇本陣
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懐古園・三の門

 小磯氏とはここで別れる。小諸城址の懐古園・三の門を見てから、今日の宿、赤坂町の中藤旅館へ。素泊まりだが、丼ブリに枝豆、トマト、キュウリの漬物をいただいた。すぐそばにあるスーパーTSURUYAへ買出しに行く。16時からお祭りで踊りがあったが、疲れていかなかった。今日の歩きは、軽井沢の追分宿から小諸宿まで13.7㎞。歩数は自宅からここまでで30,340歩。
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中藤旅館
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☆温泉夜話 http://www.a-spa.co.jp/yawa/index.htm
☆高野山麓の天然水「月のしずく」http://www.a-spa.co.jp/onsen-shop/
☆旅と温泉の情報室 http://www.a-spa.co.jp/
☆旧街道を歩く旅 http://www.a-spa.co.jp/tabi/nikko/index.html
☆海外温泉入浴珍道中 http://www.a-spa.co.jp/junyoku/matsuno.htm
☆旅と温泉の思い出ショップ http://aaspa.web.fc2.com/shop/
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ひとり出版社「岩田書院」の再々々訪問とBOOHS TAMAプロジェクトのはなし

ひとり出版社「岩田書院」の再々々訪問とBOOHS TAMAプロジェクトのはなし
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ひとり出版社「岩田書院」の紹介記事

第何弾目かの「老後の生き方」として「書籍出版を学ぶ」目的で、私の新婚旅行ツアーで同道した岩田博氏を39年ぶりにお訪ねした。「岩田書院」を2回目の訪問時にお借りした書籍4冊をお返しするため7月9日、南烏山のひとり出版社「岩田書院」詣でをした。
出版業界は書籍の売り上げ不振で経営が厳しくなる一方で、個性的な「ひとり出版社」や「小さな出版社」が今注目されているという。「岩田書院」にかかわることで、「地域に根差した」「地方の歴史や文化を次世代に伝える」「地方の魅力を伝える」「地域おこしに貢献する」「新しい才能を発掘する」などなど・・・必ずしも経営状態は、順風満帆とは言えないが全国で活躍している。ひとり出版「岩田書院」の紹介記事は、株式会社ウエッジ発行、月刊誌「ひととき」2014年4月号、吉永みち子・文の「32.この熱き人々」に詳しい。また、三栄書房発行の男の隠れ家シリーズ「一度は読んでほしい 小さな出版社のおもしろい本」でも地方の個性的な出版社125社と注目の400冊が紹介され、「岩田書院」も取り上げられている。3度目の訪問で、「岩田書院」事務所の宝の書籍の山から選び出し、またまた図々しく新に5冊の書籍をお借りした。
○日本大学芸術学部図書館発行「日本のマンガ家 つげ芳春」
○つくばね舎発行、光田憲雄著「江戸の大道芸人」
○文春文庫、山田和著「インドミニチュール幻想」
○角川学芸出版、竹内誠監修「外国人が見た近世日本 日本人再発見」
○株式会社ウエッジ発行、月刊誌「ひととき」2014年4月号
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さて、最初の訪問で岩田博氏に「出版社を学ぶ」ために居候させてほしいとの望みが絶たれた後、たまたま地元の「BOOKS TAMA千ヶ瀬店」で書籍を購入した時にいただいたチラシに「書店発!著者発掘プロジェクト」で「出版の夢を眠らせるな!あなたの出版企画を採用します!筆者随時募集 あなたも著者になれる。」開催期間:2016年6月25日~7月25日とある。主催者は、BOOKS TAMAと著者養成学校の潮凪道場とflierの共催だ。
期限まであと4日しかない。私はこれだ!と思った。
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エントリーしてまず、著者養成プロジェクト養成機関の入塾審査を通らなければならない。という訳で、ダメもとでとりあえず内容の異なる2編の応募を終えた。
合格者は養成学校に有料で通い、さらに出版企画書提案のための審査がある。塾内審査合格後に出版社に提案。出版採用が内定すると出筆、制作、出版、出版契約及び出版。BOOKS
TAMAで先行発売され、印税の支払いが発生。・・・という手順だ。これこそが当初私が「岩田書院」に張り付いて学ぼうとしていたことだった。
 エントリーしてとりあえず、結果を待つこと・・・・。とりあえずの「第何弾目かの老後の生き方」体験の夢はスタートできるのか?乞うご期待。失礼、誰も期待していないか?

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カンボジア映画「シアター・プノンペン」を観る! 2016.7.26

カンボジア映画「シアター・プノンペン」を観る! 2016.7.26
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カンボジア映画界初の女性監督ソト・クォーリーカーが描くヒューマンドラマ「シアター・プノンペン」を神保町の岩波ホールへ見に行った。カンボジアといえば観光的には「アンコールワット」だが、共産主義の名をかたり、専制政治を行ったクメール・ルージュ(ポルポト政権・1975年~1997年)が300万人もの虐殺をした歴史が生々しい。

物語は、女子大生ソポンが廃墟のような映画館で見た古い恋愛映画から始まる。主演女優はクメール・ルージュ時代に生きたソポンの母親だった。映画館主は40年間もソポンの母親を慕い続けていた。映画の最終シーンが失われていることを知り、ソポンが母親の代役で映画を完成させようとする。背景には、クメール・ルージュ時代を必死に生きた母親や軍人の父親らの葛藤をも描くことに・・・。
監督の操縦士だった実父も殺戮の被害者だった。「知識人」が狙われ、メガネをかけているだけで「知識人」と見なされた監督の世代の「多くのカンボジア人の家族の歴史であり、物語」であった。「若い世代は、クメール・ルージュ時代の資料を知ろうと思えば、調べられるのに関心が薄れている」と懸念を発信する。
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振り返って、日本でも事情は同じだと私は思う。「立憲主義」が安倍政権の一内閣で否定され、日本国憲法が安倍自民党によって明治憲法の封建時代の憲法に引き戻されようとしているとき、若者は受験一辺倒で日本の近代史を学べずに無関心にさせられている。参議院選挙でも選挙後に若者へのインタビューに答えて「立憲主義ってなに?3分の2条項ってなんですか?」という反応には我らの世代には仰天である。
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兎に角、こうした時代の転換期を描いた映画を多くの世代の人々が鑑賞されることを願うばかりである。25年前に世界遺産のアンコールワットを見にカンボジアのすでに近代都市プノンペンでカジノも備わる高級ホテルに泊まり、地方都市シェムリアップから緑豊かなアンコールワットへ出かけたことを思い出す。映画館はかつて国立劇場として使われた実際の映画館だ。かつて「アジアのパリ」として栄華を誇ったプノンペン市街、静寂の中の蓮池などもオールロケですべてが本物だ。岩波ホール入り口壁に貼られた6月、7月の朝日、毎日、日経新聞に掲載された映画評を見ることもお勧めしたい。

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旧道歩き閑話 旧街道歩きの難行苦行のはなし [旧街道を歩く]

旧道歩き閑話 旧街道歩きの難行苦行のはなし
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親不知子不知

旧街道歩きには、箱根の急坂が続く「箱根七里」など多くの峠道や大川渡しなどの難所がつきもの。悪天候ともなれば、なおさらである。難所でも、変わった難所と難所をどう克服して通り抜けかを紹介したい。

松尾芭蕉が「奥の細道」を歩いていたころ、越後の柿崎から春日新田に至る地域は、桶で塩水を汲み上げる「揚げ浜法」で、浜に棒をさすとそのまま沈んでしまう場所で、駕籠かきたちは、40㎝もある板に鼻緒をすげたものを履いて、べたべた歩き、休む時は杖が沈まないようにその板の上に杖を解いていたという。こうした湿地地帯が越後の日本海側に多かった。今でこそ、防砂林や防風林が作られ、道路が整備されているが、当時は難渋を極めたはずだ。
北陸道最難関は親不知子不知で、波打ち際から断崖まで15~16m、場所により100mもあった。風の弱い引き潮時は静かな砂浜を歩くことができたが、最も厳しい500mの箇所をどのように通過するのか?加賀藩参勤交代では、越中新川郡の「波除け人足」500~700人が麻縄を持ち、ふんどし一丁で7列の波除け人足として人垣を造って海辺の道を駕籠に乗った藩主を守り、馬の荷を下ろし、人間が荷を担いで馬は空荷で通していた。雪道の道中も厳しい。文政元年(1818年)2月、除雪が追いつかぬほどの深雪で、馬足が立たず難行したところ、筵(むしろ)をかき集めて道に敷き、馬を無事に通すと、今度はその先々へ筵を送り継ぐという方法をとって、雪見の道中を乗り切った。

加賀藩領になる越後・越中の山々の水を集めた神通川に架けられた船橋の方法もあった。64艘の船が雌雄二筋の大鎖でつなぎ留められて出来ていた。雌鎖は瓢箪型で雄鎖は楕円形の環でできていた。大鎖を巻く大杭は欅材で直径4尺、地上へ1丈5尺でできていた。船橋を架けるに際し、4・5日以前より架けさせ、急な出水のため徒渡りが不可能になり、或いは出水の度に川の瀬が常に変わったり、藩主が通る当日に押し流されることもしばしば起こったという。
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長年の大名行列の経験から、いろいろな工夫がされたが、湿地地帯や、断崖絶壁、峠道の通行に関したことだけでもこのような難行苦行を避けられなかった。

参考:鈴木一夫著「参勤交代道中記」
晶文社 金森敦子著「芭蕉はどんな旅をしたのか」

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秩父・三峰神社へ吟行と「大滝温泉 三峰神の湯」入浴! 2016年7月12日 [東京・青梅周辺]

秩父・三峰神社へ吟行と「大滝温泉 三峰神の湯」入浴! 2016年7月12日

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三峰神社・随身門

地域の上長淵明和会俳句部の吟行で、秩父・三峰神社へ行った。参加者は12名、15人乗りトヨタレンタカーを借て、会員が運転した。青梅から国道299号線、正丸峠経由で秩父市街地へ。荒川に沿って国道140号線をひた走るが、V字谷の地形で、狭い車内から見ると、谷底を走り、青空は天を仰ぐような感覚だ。対岸の斜面に小さな茶畑があったり、万緑で周りに人家や人の気配もない無人駅が閑に置かれている景色が一瞬目に入る。拙句「十薬や旧道錆びしガードレール」「夏斜面貼りつけられし茶の畑」「夏の山なぞえに小さき茶の畑」「万緑や閑に置きし無人駅」「雲の峰飲み込まれしや武甲山」

秩父湖から九十九折りの断崖を上り詰めると三峰神社の大きな駐車場に出る。「雲の峰断崖を行く九十九折り」「雲海や霊力近し三峰社」通常は車が入れるのはここまで。12名の参加者は平均年齢が75歳を超え、杖を引いてでなければ長い距離は歩けないという人も。それで案内所に「障がい者がいるので、車で入ることができないか」と交渉するとOKが出た。半分は参道を歩いていくことにした。参道はしばらく両側に檜並木を行く。両側に沢山の「檜参萬本」などと刻まれた苗木奉納碑板が立てられている。
随身門をくぐり、沢山の角灯籠を脇に見て拝殿へ。「三峰の角灯籠行く日傘かな」
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三柱鳥居
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随身門
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角灯籠

拝殿の両脇に畠山重忠公寄進の樹齢800年杉、安政4年(1857年)建立、高さ6mの飾り灯籠「八角灯籠」が目についた。三峰神社はイザナギノ尊、イザナミノ尊を神様として関東有数のパワースポットとして知られる。拝殿や随身門をお守りする狛犬ならぬ狼が鎮座する。拝遥殿の奥には本体5.2mの日本武尊銅像が建っている。
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拝殿
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社務所
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水屋
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八角灯籠
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拝殿脇に重忠杉
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お犬様(狼)
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日本武尊

 集合時間内に、日帰り入浴ができる「三峰神の湯」で入浴した。「大滝温泉 三峰神の湯」は、1997年5月21日に入浴済みの温泉で、当時国内温泉巡浴789湯目の温泉地だった。老人会の旅行で、ロープウエィで三峰神社に行った時、参拝・休憩時間に入浴したと記憶している。大きな浴室に大きな円形の湯船に湯が満たされていた。体を沈めると肌に強いつるつる感が得られる。秩父市内へ行く途中に立ち寄った「道の駅大滝温泉」に併設された「日帰り温泉 游湯館」と同じ温泉だ。ここから1㎞ほど離れた役場の裏山あたりが源泉で、泉温は33.1度で加温している。泉質はナトリウム・塩化物温泉。「大滝温泉 三峰神の湯」は運び湯で、頻度は確認できなかったが、タンクローリー車で運んでいる。効能は、慢性消化器病、慢性婦人病、神経痛、疲労回復、花粉症、アトピー性疾患など。帰りはバスで下った。「雲海やヤマトタケルの鎮座して」
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日帰り入浴施設「興雲閣」
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 参考:三峰神社 http://www.mitsuminejinja.or.jp/

ランチは「道の駅大滝温泉」のお食事処「郷路館」でとった。ざる蕎麦と決めていたが、7人分しか残っていない。それぞれに自動販売機でビールなども注文。期待してのざる蕎麦だったが期待外れで、秩父市内の「道の駅ちちぶ」で二度目のざる蕎麦を食べることになった。ここでは上記した「大滝温泉」の情報も求めた。大滝歴史民族資料館の館員から三峰神の湯の源泉はどこから運んでいるのか?運び湯であることもここで確かめた。
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道の駅大滝温泉 大滝民俗資料館
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郷路館でのランチ
参考:道の駅大滝温泉 http://www.ootakionsen.co.jp/

 荒川水系、浦山川に架けられた浦山バムに立ち寄り、ダムサイトを散策した。長さ372m、全国第6位の高さ156m、総貯水量5,600万㎡の。管理開始は平成11年4月。俳句部長はかつて、同じ夏にこのダムを訪れエレベーターで主幹ゲート辺りまで降り、帰りは498段の階段を登って上がってきたことがあるという。ここで思い立った拙句「思い切りダム段登る日傘かな」
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浦山ダム

 秩父市内では、秩父神社を参拝。ご創建は平安初期、社殿は戦国時代の末期に兵火によって消失。天正20年(1592年)9月に徳川家康公の命により代官成瀬吉右衛門によって再建された。本殿正面左手に左甚五郎作といわれる「子宝・子育ての虎」、東側面には「つなぎの龍」、北面には「北辰の梟」の彫刻がある。
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秩父神社
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左甚五郎作「子宝・子育ての虎」
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「つなぎの龍」
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「北辰の梟」
参考:秩父神社 http://www.chichibu-jinja.or.jp/

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再び、一人出版社「岩田書院」へ押しかける! 2016年7月9日 [温泉マニア]

再び、一人出版社「岩田書院」へ押しかける! 2016年7月9日
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午後の府中の森芸術劇場でのコンサートに行くついでに、一人出版社の「岩田書院」にアポイントなしで立ち寄ってみた。小雨の中、京王線南烏山駅から徒歩10分の所。マンションの1階奥の部屋はドアが開け放されていた。前回、満州鉄道やシベリア鉄道のエッセイを書こうと「そういえば、39年前の新婚旅行でシベリア鉄道に乗ったことがあったな」と古いアルバムを探して見つけたのが、下駄ばきのバンカラスタイルで同道していた岩田博氏だった。そこで「岩田博」をネット検索すると、一人出版社「岩田書院」が出て、昔の面影のある岩田博氏を発見した。
これまで「老後の生き方」を体現し、発信してきたが、直近の1年半に渡り、アルバイトでクラブツーリズムの「富士山ぐるり一周ウォーク」などテーマのある旅の添乗員をしていた。その様子をブログで紹介していたら、クラブツーリズム担当に知られ、「添乗員としての契約に反する。添乗員を続けるか、グログを即削除するか、今決断してください」と問われ、「では、添乗員を止めます!」とクラブツーリズムとのつながりが切れた。そこでさらに老後の生き方を追求する私は、次の課題として「出版社の仕組みを学んでみよう」と思った。それが前回岩田博氏を39年ぶりに「岩田書院」を訪ねた理由だった。
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さて、ドアの向こうには奥に入る一人幅の通路以外は、本の山々で積み上げられている。奥から岩田氏が出てきて、奥に案内していただいた。彼の机が仕事空間として一つ空いているだけ。隣にも机があるが、周りに積み上げられた本で使用不可能。一応、私の話を聞いた彼は、「御覧のようにそもそも私のそばにいる場所がない。長く一人でやってきたので、気兼ねせずに自由気ままにやるのが、私の流儀で気を使いたくない」と「出版事業」を学びたいという私の要望は叶わなそうだった。
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それにしても過去に出版された書籍はもとより、資料として購入された本の山は宝の山で、私が読みたいものを沢山見つけた。「これらをお借りすることは、できませんか」と問うと快く承諾していただいた。勝手に本の山々から、平凡社ライブラリー 忠田敏男著「参勤交代道中記」、ちくま文庫 太田尚樹著「ヨーロッパに消えたサムライたち」、岩田書院 鈴木一夫著「江戸の温泉三昧」、中公新書 岡本亮輔著「聖地巡礼」の4冊をお借りすることになった。いずれも私のライフワークの「温泉を極める」こと、「旧街道歩き」に関する書籍となった。岩田博氏にとっては迷惑だろうが、しばらく「岩田書院」詣でが続くようだ。
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